近江の出身、石田三成は秀吉の取立てで大名にまで出世している。
講談で描かれている秀吉と幼少期の三成の出会いはあまりにも有名なのだが、
念のために紹介しておこう。
幼少期の三成(佐吉と呼ばれていた)が預けられていた観音寺という寺に
鷹狩りに来ていた秀吉が立ち寄る。
秀吉は喉が渇いたと茶を所望する。
佐吉はぬるいお茶をなみなみとついで秀吉に手渡す。
秀吉はうまそうにそれを飲み干すと、さらに茶を所望。
今度は先ほどよりやや熱いお茶を半分ほど。これも秀吉はごくりと。
そしてさらに茶を所望すると
佐吉は濃い熱いお茶を少量持参したという。
最初は喉が渇いているだろうからたっぷり、ただし慣れていないから熱いのはきつい。
二度目は熱さになれたので先ほどより熱めに。喉の渇きは収まっているだろうから少なめ。
最後はもはや喉を潤すというよりは茶を楽しみたいのだろうと推測して濃いお茶少々と。
この佐吉の才覚に驚いた秀吉は彼を貰い受けたという。
近江商人の土地柄、知恵が立つ者は多かっただろうが三成は別格だった。
ただし彼は才に走る。正しいことが人を傷つけたり、
ときにはルールを曲げてでも融通を利かせなければならないときがあるということがわからない。
いやおそらくわかってはいるだろう。
わかっていてもどうにもならなかったのだ。
そういうタイプの人はたまにいる。
意外にもこの筋にこだわる生き方は謙信に似ている。
謙信も家臣が言うことを聞かなかった折、
拗ねて比叡山に出家しようとしたことがある。
もっとも謙信の場合は戦
場での殊勲もあったし、立場も主君だったからよかった。
それに対し三成は奉行職だ
ったので戦果には乏しく、地位も他の諸将より格下あるいは同格。
このあたりが明暗を分けたのかもしれない。
by 後藤 武士
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