日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

思考の3原則

私は物事を、特に難しい問題を考えるときには、
いつも三つの原則に依(よ)る様に努めている。

第一は、目先に捉(とら)われないで、出来るだけ長い目で見ること、

第二は物事の一面に捉われないで、出来るだけ多面的に、
出来得れば全面的に見ること、

第三に何事によらず枝葉末節(しようまっせつ)に捉われず、
根本的に考える


ということである。

by 安岡 正篤

「家貧にして未だこれ貧ならず
 道貧にして人を愁殺す」


(家の貧しいのはまだほんとうの貧ではない。
 道を求める心がなくなった時が本当に憂うべき貧しさであり、
 その時に人は滅ぶ)


by 安岡 正篤

最小栄養律の法則

植物が生育するためには
いろいろな養分が必要であるが
そのうちのたった一つの養分が不足しても
生育が悪くなり
たとえそれ以外の養分が豊富であっても
植物は最も不足している
養分によって生育が決定される



by ドイツの有機化学者 リービヒ


勉強もたった1つでも基礎力が不足していれば
その基礎力以上の応用力はつかない



マイバッグと次はマイカップ

三献の茶

近江の出身、石田三成は秀吉の取立てで大名にまで出世している。
講談で描かれている秀吉と幼少期の三成の出会いはあまりにも有名なのだが、
念のために紹介しておこう。

幼少期の三成(佐吉と呼ばれていた)が預けられていた観音寺という寺に
鷹狩りに来ていた秀吉が立ち寄る。
秀吉は喉が渇いたと茶を所望する。
佐吉はぬるいお茶をなみなみとついで秀吉に手渡す。
秀吉はうまそうにそれを飲み干すと、さらに茶を所望。

今度は先ほどよりやや熱いお茶を半分ほど。これも秀吉はごくりと。
そしてさらに茶を所望すると

佐吉は濃い熱いお茶を少量持参したという。

最初は喉が渇いているだろうからたっぷり、ただし慣れていないから熱いのはきつい。
二度目は熱さになれたので先ほどより熱めに。喉の渇きは収まっているだろうから少なめ。
最後はもはや喉を潤すというよりは茶を楽しみたいのだろうと推測して濃いお茶少々と。

この佐吉の才覚に驚いた秀吉は彼を貰い受けたという。
近江商人の土地柄、知恵が立つ者は多かっただろうが三成は別格だった。


ただし彼は才に走る。正しいことが人を傷つけたり、
ときにはルールを曲げてでも融通を利かせなければならないときがあるということがわからない。
いやおそらくわかってはいるだろう。
わかっていてもどうにもならなかったのだ。
そういうタイプの人はたまにいる。


意外にもこの筋にこだわる生き方は謙信に似ている。
謙信も家臣が言うことを聞かなかった折、
拗ねて比叡山に出家しようとしたことがある。
もっとも謙信の場合は戦
場での殊勲もあったし、立場も主君だったからよかった。
それに対し三成は奉行職だ
ったので戦果には乏しく、地位も他の諸将より格下あるいは同格。
このあたりが明暗を分けたのかもしれない。

by 後藤 武士



後藤 武士氏 著書一覧

凡・非凡の分かれ目



凡と非凡のわかれる所は

能力の如何(いかん)ではない。

精神であり感激の問題だ。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

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プロフィール

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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