日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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ねぎらい

願いというのは「ねぎらい」が語源。
ねぎらい」とは、
「よくしてくださって、ありがとうございました」という
感謝の気持ちを込めて、お礼をいうこと。
これがねぎらいです。
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知識・見識・胆識

知識とはものごとを知っているという状況のことです。

この知識をベースとして社会体験が加わることによって、
やがて善悪の判断ができるようになります。
この善悪の判断ができるようになった状態を見識と言います。

勇気ある実行力を伴った見識を伴った見識のことを胆識といいます。


人間はこの胆識を持てるようになって、完成をみるといってもいいかもしれません。


北尾 吉孝

命懸けの戦い

命懸けの戦いとは、
      
過去の実績や栄光を排除し、
いま、ここにいる自分の力がすべてと考え、
あらゆる才能を駆使して
勝負に集中する戦い方をいうのです。

これには「素直」でないとできません


林成之(日本大学大学院総合科学研究科教授)

心訓七則

世の中で一番楽しく立派なことは
一生涯を貫く仕事を持つことです

世の中で一番みじめなことは
教養のないことです

世の中で一番寂しいことは
仕事のないことです

世の中で一番醜いことは
他人の生活を羨むことです

世の中で一番尊いことは
人のために奉仕して
決して恩に着せぬことです

世の中で一番美しいことは
全てのものに愛情を持つことです

世の中で一番悲しいことは
うそをつくことです


福沢 諭吉

パラダイスとユートピア

人間の望みや欲望というものは
「これでよし」というラインがないから、
『パラダイス』状態は永久に実現しない。
心の中に幸せを感じるメカニズムができる
『ユートピア』状態なら実現できる


『パラダイス』とは

           外からみてその人がすごく幸せそうで
           目に見えて天国にいるなあとわかるものを言います。

『ユートピア』とは

           天国にいることが見えないのですが
           心の問題として天国にいる状態のことです。


幸せというのは、条件が整備されて、その条件をクリアしたら
幸せになるというものではありません。
今、幸せだと思ったら、幸せが手に入ります。

どこにもない『パラダイス』を探すよりも
心の中に『ユートピア』を作ってみたらどうでしょう。

小林 正観

産土(うぶすな)信仰

人間が誕生したときから、大地の神さまは母のように人間を見守っていました。
神さまは人間にとってありがたい存在ですが、
実は神さまにとっても人間は我が子のようにいとおしく、
ありがたい存在だったのです。

なぜなら神さまは人間の想いと行動があってこそ、
力が発揮でき、活躍できるからなのです。
人間の想いがさがると、神さまの力もパワーダウンしているのです。
人が感謝し、反省し、調和に向かって動き出すと、
神さまはどんどんパワーアップしてたくさんおかげをプレゼントするのです。
人と神は子と親と同じで、ともに歩み、成長しているのです。

人は大地に生まれ大地に死す。
人は産まれるとき、その土地の神さまに抱かれ、生をうける。
この産まれた土地の守り神こそ産土の大神さまなのです。

産土の大神さまはその土地に産まれた人間を産まれてから死ぬまで見守り、
守護してくださる神さまなのです。
いわば、私たちの一生の守り神であり、一番身近におられる神さまなのです。

また産土の大神さまは祖霊を統括し、助け導く神さまで、
日本では、仏さまやお地蔵さまとも繋がっていて、
ともに大地を守っているのです。

昔の日本人は祖霊(ご先祖さま)や産土の大神さまとの深い結びつきを通して、
生きているときはもちろん、死んでからの安心も心得ていました。
では産土の大神さまはどこにおられるのでしょう?
日本ではその土地土地の神社におられるのです。
ただし、神社の少ない北海道などでは山であったり、湖であったり、
大きな岩であったり、木であったりします。
もともと大自然そのものが神さまなのです。

昔の日本人は神さまに感謝するために、
その土地の一番気のいいところに神社を建て、おまつりしたのです。
そこに神さまが鎮座され、人と神は身近な関係になったのです。
人は子神であり、産土の大神さまは親神なのです。
産土の親神は子神の成長のため、いろんな試練に対して、
見守りながら後押しするのです。

決してすぐに願いをかなえるようにはせず、
その人の志と行動の成長にとって、一番最適なときにおかげを与えるのです。
そのときに人は「ありがたい!ありがたい!」と有難いことに感謝したのです。
ところがいつの頃からか、神さまは願いをかなえてくれる便利な存在になってしまい、
ご利益だけ求める人たちが増えていったのです。
そしてあげくの果てには、自分は動きもせず、
感謝もしないで「この神さまはだめだ!」と
ご利益のある神さまばかりを追いかける人も出てきました。

親である産土の大神さまはそれでも本人に志をもって行動すること、
感謝のすばらしさに気づいてもらうために見守りつづけるのです。
人は気づきのため、そして天命に向かうために病気になったり、
辛い目にあったりしますが、実はその辛い体験の中にこそ
光り輝く天命があることも多いのです。
その人が天命に向かっていけるように、
産土の大神さまは今日もあなたを守りつづけているのです。

人は産まれるとき、ご先祖さまをふくめて深い縁の中で誕生します。
その土地に産まれることはとっても意味のあることなのです。
自分に縁のある神さまは母方か父方のどちらか、
または両親にも縁のある神さまなのです。
また神さまと仏さまも縁があるというか表裏一体になって守護しており、
神が陽で仏が陰の働きをしているのです。

だから神がいいとか、仏がいいとかでなく、それぞれを尊重し、
本来の力が発揮できれば陰陽調和されていき、守護の神仏となるのです。
いいかえれば産土の大神さまと産土の守護仏さまの両輪で守られているのです。
産土の大神さまは本人の成長に合わせて、
いろんな神仏に頼んで見守っていただけるように
あいさつにまわっているのです。

たとえば産まれた土地を離れるとき、行った先の土地の神さまに
「こういう者がそちらに行くのでよろしくね!」と頼むわけです。
頼むのはたいてい縁のある気心の知れた神さま同士なので
「よしわかった!まかしとき!」となるのです。
この神さまがその人の鎮守の大神さまとなり、
新しい住居での守り神となるのです。

また西洋では、「神は唯一絶対のものである」ととらえているようですが、
日本では神さまをそうはとらえていません。
日本の神話のなかでは神さまも失敗や挫折をしています。
いわゆる完全無比ではないのです。
神道では「成り行く存在」というように、
神さまも人間同様、常に成長する存在なのです。
神さまもがんばっておられるわけです。

キリスト教の聖書に出てくる「創造神観」は
人間は神によってつくられた存在という世界です。
つくった者とつくられた者にはどうしても隔たりができてしまいます。
つまり人間は永遠に神にはなれないわけです。

神道では「生みの神観」といって、生んだということから親子関係になり、
神と人間は同質になります。
これを「神人同質」といい、さらに「万物同根」になっていくのです。

キリスト教でいう全知全能の神・ゴットと、
日本の神道の神とは前提そのものが違うのです。
産土神社の大神さまはまさに母なる神さまなのです。

次に仏さまの存在についての考えですが・・・・
人間が神の方向からずれてしまった場合、
神としてそのまま放っておくわけにはいきません。
そこで、苦しむ人間を救うために「仏」の存在が必要になったのです。
神は変化身となり、「仏」として苦悩する人間を救う
役目をすることで誕生したのです。
だから上下はないのです。あるのは働きなのです。

そうゆうことで、産土神社のお参りとともに、菩提寺(先祖の墓を守る宗旨のお寺)、
そして先祖のお墓の三点セットで参拝されるとより一層効果があるわけですね。
なお、産土神社、菩提寺、先祖のお墓は父方だけでなく、
母方もとても大切です。

産土信仰とは神・仏・先祖の3つを大切にしていくことなのです。

新という字

新という字を知らぬ者はない。
然し新という字の真の意味を解する人は案外少い。
元来この字は「辛」と「木」と「斤」との組合せである。
 
辛は努力を意味し、斤は木を斬る「まさかり」、「大をの」であり、これで木をきること、
それから「斤斤」といえば明らかに見わける、又いつくしむ(慈愛)の意がある。
 
即ちよく木を愛し育て、それを努力して加工し、
新——あらたなものにして活用するということを表すものである。
 
こんな深い正しい意味を知らないで「あたらしがりや」など、
目先の変った、ものめずらしいということに軽々しく解するのは、
とんでもないことである。
 
本当に新しくするのには大した用意と努力を要するわけで、
新人などざらにあるものではない。
年の始に勉強せねばならぬことは、
先以って自己をどう維新するかということである。

安岡 正篤

「いただきます」は誰に向かっての言葉か?

ある小学校で母親が申し入れをしました。
「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。
給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」と。

「食堂で『いただきます』『ごちそうさま』と言ったら、
隣のおばさんに『何で』と言われた。
『作っている人に感謝している』と答えたら
『お金を払っているのだから、店がお客に感謝すべきだ』と言われた」

「いただきます」「ごちそうさま」は日本文化の根幹であり心髄だ。
これをおろそかにするやつは毛唐だ。
何故なら英語には「いただきます」「ごちそうさま」の表現が存在しない。
「Let's eat」なんて「さー、食うぞー」だし、
「I'm finished」なんて「食った」って言ってるだけです。

日本人が日本人として生きていく上で、全てのものに感謝するという、
日本古来の美しい伝統で文化です。

日本人は古くから食事をするときは「いただきます」。
終わったら「ごちそうさま」といって育ってきました。

では、誰に対してなのかというと。

天、神、仏といった人間を超えた存在に対してです。
「天のお恵みをいただきます」というわけで、
さらにはそれを作っていただいたお百姓さまにも
「いただきます」という。
食べ終わった後も神々やそれらの人々に
「ごちそうさまでした」というのが
日本古来の美しい伝統文化です。

神武景気(じんむけいき)

神武景気(じんむけいき)とは、
高度経済成長期の幕開けとなった1955年~1957年に日本において発生した、
爆発的な好景気である。

日本初代の天皇とされる神武天皇が即位した年(紀元前660年)以来、
例を見ない好景気という意味で名づけられた。

1950年~1953年における朝鮮戦争中、
朝鮮半島へと出兵したアメリカ軍への補給物資の支援、破損した戦車や
戦闘機の修理などを日本が大々的に請け負ったこと(朝鮮特需)によって、
日本経済が大幅に拡大されたために発生した。

この好景気によって日本経済は第二次大戦前並の水準にまで回復し、
1956年の経済白書には「もはや戦後ではない」とまで記され、
戦後復興の完了が宣言された。また、好景気の影響により、
耐久消費財ブームが発生、三種の神器(冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビ)が出現した。

混迷する現代をよりよく生きていくためのヒント

 「確かに満開の花や若葉は美しく瑞々しいが、
  春や夏だけが季節ではない。
  
  大事なことはそれぞれの時期に応じて
  生き方を探ってみることだと思います。
  
  晩年のブッダが遺した静かな境地を知ると、
  秋や冬の魅力というものを発見し直したいとつくづく思いますね」


  (五木寛之)



 「空しく老いないためには、
  自分自身の丹誠が欠かせません。
  
  すなわち正しい法を聞き、
  正しい念いを深め、
  自分を調えることが大切です。
  
  そして自分自身への丹誠は死ぬまで続けなくてはいけない。
 
  そうしてはじめて意味が出てくるんです」


  (松原泰道)

大和言葉

はらい・・・・・・・・命がたくさん生まれる

は・・・生まれる
ら・・・たくさん
い・・・いのち


のりと・・・・・・神様がおっしゃったことがこちらに伝わること

のる・・・神様が述べられたこと
と・・・・・こちらに伝わってくる



拝」(はい)と「揖」(ゆう)

拝」とは腰を90度折り曲げる最も丁寧なお辞儀のことで、
「揖」とはそれに次ぐ丁寧なお辞儀で、
腰を凡そ45度の角度で曲げる「深揖」(しんゆう)と、
腰を凡そ15度の角度で曲げる「小揖」(しょうゆう)
との二種があります。

つまり、腰を曲げる角度の度合いから
「拝>深揖>小揖」になるということです。
「礼」とは、「拝」や「揖」の総称です。

罪と穢れ

「つみけがれ」の「つみ」とは、犯罪などの「罪」という意味ではなく、
人間本来のすばらしい姿を包み隠してしまうもの = 包む身 を意味します。


また、「けがれ」というのは汚れたとか汚いという意味ではなく、
神様からいただいた気が枯れてしまった状態 = 気枯れ を意味します。


これらは知らず知らずのうちに私たち人間のからだに付いて、
様々なトラブルを引き起こすわけですが、
これらはすべて「我欲」や「理屈」から生じるものとされています。


日本では古来より、これらの「つみけがれ」を祓うために、
「大祓いのことば」という祝詞(のりと)を唱えてきました。


「大祓いのことば」は現在でも毎日全国の神社で唱えられている祝詞で、
これは昔、中臣氏の誰かが、神様の声を肌で感じ、
それを言葉として表し、以後ずっと語り継がれてきたことばです。


これを無我になって唱えることにより、
つみけがれを祓うことができるといわれています。


言葉というものは現代では単なる情報の伝達手段と捉えられていますが、
本来言葉というものは神様・自然からの知恵を表現するために生まれたものですので、
実はものすごい力を持っています。


ですから良いことを言えば物事は良い方向に向かいますし、
逆に悪いことばかり言っていればそのような方向に向かうということになります。


そして「大祓いのことば」には神様の知恵が込められているので
これをゆっくりと一言、一言声に出すことによって神様のすばらしい
エネルギーを受けることができ、「つみけがれ」といった悪いものを
良いものに変換してくれるそうです。


また、奈良の春日大社でも神職によって世の中すべてが祓われるようにと「
大祓いのことば」が奏上されています。


私も毎朝大祓いのことばを神前で唱えていますが、
この習慣は大変重要なものと肌で感じています。

葉室 頼昭

ホツマツタエ

ホツマツタエは、古代大和ことばで綴られた
一万行に及ぶ叙事詩です。
縄文後期中葉から弥生、古墳前期まで
約一千年の神々の歴史・文化を今に伝えています。
作者は、前半天の巻・地の巻を
クシミカタマ(神武時代の右大臣)が、
後半人の巻をオオタタネコ(景行天皇時代)が、
編纂、筆録と記されています

ナガタ・ナガサキ

この耳慣れない不思議な言葉は、
古代日本人が大切にしていた精神を表すものです。



【ナガタ】とは、あなたが楽しいという生き方。
「あなたが楽しいと思ってくださることが私の幸せです」と、
他人の楽しみを思いやって生きることです。


【ナガサキ】とは、あなたの幸せが先で、
「何か私がお役に立てることがあれば嬉しい」と思って行動すること。
「あなたに幸せになってもらうために、私は何をしてさしあげましょう」と
いつも相手のことを気遣って生きることです。


このように相手を思いやる「和」の精神で生きると、
自然とこちらも栄えて幸せになれることを
古代日本人は知っていました。

それは宇宙の法則にもかない、
誰もが幸せになれる生き方なのです。

五美

子(し)張(ちょう)曰(い)わく、何(なに)をか五美(ごび)と謂(い)う。
子(し)曰(のたま)わく、君子(くんし)は恵(けい)して費(つい)やさず、
労(ろう)して怨(うら)みず、欲(ほつ)して貪(むさぼ)らず、
泰(ゆたか)にして驕(おご)らず、
威(い)にして猛(たけ)からず。(


【訳】子張は尋ねた。
「何を五美というのでしょうか」
先師が答えられた。

「君子は恵して費やさず、
労して怨みず、
欲して貪らず、
泰にして驕らず、
威にして猛からずの五つだ」


論語 堯曰第二十

不況克服の心得10ヶ条

 第1条 かってない不況からは、かってない革新が生まれる。
      かってない革新からは、かってない飛躍が生まれる。

 第2条 不況は陣痛のようなものである。
      苦しいには違いないがこれに耐えたなら、
      また、健康になり立派な子供も生まれる。

 第3条 しめた!このときこそ、社員の精神を根本的に立て直し、
      健全な精神を身につけさせる、絶好の機だと、
      ニンマリする位の心構えが必要である。

 第4条 景気、不景気は天然現象ではない、人為現象である。
      つまりは、1人1人の心の所産である。
      1人1人の良識を高めることこそ必要である。

 第5条 景気の悪い年は、物を考えさせられる年だから、
      心の改革が行われ、将来の発展の基礎となる。

 第6条 世の中が混乱すればするほど、毅然たる態度をもって、
      商人の信念を守らねばならない。

 第7条 商売とはまず第1に考えを売り、
      第2に人格、第3に優良品、第4に真心、
      そして最後に、良きサービスを売ることである。

 第8条 個人も会社も事が起きた時に真価が分かる。
      商売人は今が信用を蓄える良い機会である。

 第9条 不況は一時的な現象で永久に続くものではない、
      この時こそ日頃怠りがちなお得意様へのサービスを、考えねばならない。

 第10条 不況とは、よそが悪いだけに、日頃お客さま大事を考えて、
       地道な努力を行っている所には、伸びるための好機である。

 「不況克服の心得10ヶ条」松下幸之助

三 宝

  老子にいわゆる「老子三宝の章」という有名な一章があります。

  我に三宝あり。<持して之(これ)を保つ。>
  一に曰く慈。二に曰く倹。三に曰く敢(あえ)て天下の先とならず。
  慈なり、故に能(よ)く勇。倹なり、故に能く広し。
  敢て天下の先とならず、故に能く器の長と成る。
  今慈を舎(す)てて且(かつ)勇に、倹を舎てて且広く、
  後(おく)るを舎てて先んぜば、死せん。


  我に三宝あり。第一に慈。第二に倹。第三に人を先にやる。
  世間の人間は先頭になろうとして争うが、そういうことをしない。
  慈愛があるから勇気が出る。

  倹、つまりくだらぬ私心私欲に関心がないから心が広い。
  愚人俗人と競争などしないから自然に大物になる。
  今これに反して、慈愛を捨てて勇に、倹約におかまいなく、
  あれもこれもとなり、人を先にやることを捨てて
  己(おのれ)が先に立てば、生を失ってしまう。その通りですね。
 
  今日のような到るところ矛盾・衝突・混乱の社会になったというのも、
  要するに人間が慈を捨て倹を捨て省を捨てて
  功利に走ったからでありまして、こういう社会に生きておると、
  本当に肉体的にも生命的にもだんだん病的になってまいります。

天国と地獄のお話

天国と地獄。
実は違いは何もないのです。

同じような広い部屋があって、同じような庭がある。
普段見慣れない物と言えば、
その部屋の真ん中に大きな釜があって、
その中でうどんがグラグラ煮立っている。

もちろん、その釜は熱いので、むやみに近付けない。
では、どうやってその釜のうどんを食べるのか。
ふと見ると、長さ1メートルくらいの箸がある。
食事の時になると、その箸と付け汁が支給されるらしい。
終わると無くなる様だ。


ここまでの条件は同じ。
でも地獄にいる人は、誰もうどんを食べられない。
いつも飢えて、喧嘩ばかりしている。

一方、天国にいる人は、
みんなお腹いっぱいうどんを食べて、
楽しそうに笑っている。

なぜ、与えられた環境が同じなのに、
こんなにも違うのでしょうか。



地獄の人は、うどんを食べる時に、
制限時間を気にするので、
身近なところのうどんを食べようとします。
しかしそれは、隣に居る人も狙っていたうどんですから、
「俺のだ!」
「私のだ!」
と喧嘩になります。
運よく自分の物にできたとしても、
今度は長い箸を上手く操って、
付け汁に付けることができません。
運よくうどんが掴めても、
今度は自分の口に運べません。
箸を短く持とうとすると、
隣の人、後ろの人に当たってしまいます。
そうこうしているうちに、
喧嘩をしている相手から邪魔をされたりします。

「あっ!」
と思った時は、また釜の中にうどんを落としてしまうのです。

こんなことをしている間に、食事の時間が終わるのか、
箸と付け汁は無くなってしまいます。

後に残るのは、恨めしそうに釜の中のうどんを見る目と
お互いにいがみ合う心。足の引っ張り合い。
そして、いつまでも満たされない空腹感。

それがずっと繰り返されるところ。
まさに地獄です。



では、天国はどうか。
なぜ、同じ条件なのに、
みんなが笑顔で楽しそうにしていられるのか。

非常に簡単なことなのです。
釜の中からすくったうどんを、
箸の長さを活かして向かいの人に
食べさせています。

「食べさせてくれて、ありがとう。
じゃあ、今度はお返しに。」

と、今度は反対に食べさせてもらえる。
そうやって、みんながお腹いっぱい食べることができます。



天国も地獄も環境は何も違わない。

違っているのは、そこにいる人の心だけ。
心の持ちようで、同じ環境でも、
地獄にもなるし、天国にもなります。


これは別に「あの世」の話だけではありません。
「この世」も全く同じですよね。

勉強はかどっていますか。

勉強はかどっていますか。
誰も今の結果に満足している人はいないと思います。
反対に考えてみたらいかがでしょう。
出来なかったことを悔やむのではなく、
自分はここまでやったんだと言う成果に注目するのです。
何が出来ましたか。
やることはやってきたじゃないですか。
出来ていない事は、未だやっていないだけだと考え、
これからの課題として、
優先順位をつけて重要なことから
一つずつやって行けばいいのです。
あせっても仕方がありません。
少しは楽になりなさい

高みにのぼる人は、皆らせん階段を使う

『物事が進歩・発展するとき、直線的に発展していくのではない。
   あたかもらせん階段を登るように発展していく』 


ヘーゲル

 
『我々は皆、らせん状の道の上にいる。
   直線的な成長などありはしない』 


クリスティン・ザンブカ

  
『どの人生も、目的に向かって
   一定の優雅な曲線を描く、らせんである』 


ディック・ライダー


『大事なことは、進歩向上の比較を
   他人とするのではなく、過去の自分とすることです』 


多湖輝


『一日生きることは一歩進むことでありたい』 

湯川秀樹



  進歩や成長は、直線的にはいかないのでしょう。

  一つのテーマを追求するにしても、
   いくつかの側面や視点があったほうがいいのでしょう。
  ただし、自分のテーマから離れすぎてはよくないのでしょう。

  同じ景色が繰り返し見えているようでも、
   高くなることで遠くまで見えるようになっているのでしょう。


  まわりにはもっと高い山も見えるかもしれませんが、
   大事なのは自分が以前よりも上昇しているかどうかなのでしょう。

  頂上だけを見つめて登るよりも、自分の進歩を喜びつつ、
   いろんな角度の景色を楽しみながら
   一歩一歩登っていけたらいいのではないでしょうか。

君子に三変有り

子夏、曰(いわ)く、
君子(くんし)に三変(さんぺん)有(あ)り。
之(これ)を望(のぞ)めば儼然(げんぜん)たり。
之(これ)に即(つ)けば温(おん)なり。
其(そ)の言(げん)を聴(き)けばはげし。

【訳】子夏が言った。
「君子に三つの変化がある。
離れて見るとおごそかである。
近づいてみると温かみがある。
その言葉を聞くと厳しくて冒しがたい」


(子張第十九)

世の中は、人の思うほど善くもなく、悪くもない

世の中(人生)は、いいものと思える人は、楽観的な人。
世の中(人生)は、悪いものと思う人は、悲観的な人。

世の中(人生)はいいもの/楽しいものと思える幸せな人は、
そのままがいいでしょう

世の中(人生)は悪いもの/苦しいものと思う不幸な人は、
「実際には、自分が考えるほどは悪くない(のだろう)」
 と、考え直すことができたらいいでしょう。

幸せになるためには、時には
意図的に楽観的な考え方を
心がけたほうがいいのではないでしょうか。


佐藤一斎の生涯学習論

佐藤一斎の生涯学習論の特徴は,
人間の一生涯にわたる学びの重要性について,
ライフサイクル論的な観点から展開していることにある。

佐藤一斎の生涯学習論を代表する有名な条文が
『言志晩録』第60条である。
すなわち「少(わか)くして学べば,則ち壮にして為す有り。
壮にして学べば,則ち老ゆとも衰へず。
老いて学べば,則ち死すとも朽ちず。」

自らが人間としていかに生きるかの志を立てて
10代,20代,30代でしっかりと学べば,
40代50代で物事を成し遂げることができる。
40代50代でしかっりと学べば,
60代70代80代となっても衰えることはない。
60代70代80代でしっかりと学べば,
充実した人生を全うすることができる。)である。

この条文は,人生のライフサイクルを
少,壮,老と簡単に捉えた上で,
各ライフステージにおける学びの意義,
各ライフステージ゙間の学びの関連性を明白簡易に捉えている。

『言志晩録』第60条と同様の意味を述べているのが
『言志耋録』第328条である。
すなわちこの条では
「人生,20より30に至るは,方(まさ)に出でんとする日の如く,
40より60に至るは,日中の日の如くにして,
盛徳大業は,此の時候に在り。……
少壮の者は宜しく時に及んで勉強し,
以て大業を為すべし。」と述べられている。


人間のライフサイクルを日の出から日の入りまでの
1日の営みにたとえ,
日中(午後12時から午後3時ころ)にあたる
40歳から60歳までの壮の時期に盛徳大業を為すために,
日の出から午前12時くらいにあたる
20歳から30歳の少の時期にしっかりと
勉強することの重要性を特に指摘している。
少壮の時期にしっかりと学び,壮の時期に為すこと,
すなわち盛徳大業を為すことについて,
『言志晩録』第60条を補完する内容である。

直江兼続の生涯

知勇兼備の武将として名高い直江兼続は、
永禄三年(1560)に坂戸城主・長尾政景の
家臣・樋口兼豊の長子として生まれました。

幼名は与六、非凡な才能を仙桃院に見出され、
六歳から景勝の小姓として仕えることになります。
景勝(喜平次)と兼続(与六)は互いに切磋琢磨し、
雪深い南魚沼の地で十六歳まで過ごします。

天正九年(1581)、与板城主・直江家を相続し直江兼続となり、
豊臣政権下で上杉家執政として手腕を揮いました。
慶長三年(1598)の景勝の会津移封に伴い、
秀吉から家臣としては異例の米沢三十万石を
与えられるなど高い評価を受けます。

関が原の合戦では西軍についたため、
上杉家は米沢三十万石へと減封となりましたが、
兼続の働きにより上杉家の存続は許されました。
この際米沢には家臣団6千騎と約3万人が移りましたが、
兼続は城下町づくりを初め民政にも尽力し、
この難局を乗り切っています。
元和五年(1619)十二月十九日、
江戸鱗屋敷でその生涯を終えました。

木鶏

紀せい子という人が闘鶏の好きな王
 (学者によって説もありますが、
  一般には周の宣王ということになっています)のために
軍鶏(しゃも)を養って調教訓練しておりました。

そして十日ほど経った頃、
王が“もうよいか”とききましたところが、
紀子は、“いや、まだいけません、
空威張りして「俺が」というところがあります”と答えました。
さらに十日経って、またききました。
“未だだめです。
相手の姿を見たり声を聞いたりすると
  昂奮するところがあります”。

また十日経ってききました。
“未だいけません。相手を見ると睨みつけて、
圧倒しようとするところがあります”。

こうしてさらに十日経って、
またききました。
そうすると初めて“まあ、どうにかよろしいでしょう。
他の鶏の声がしても少しも平生と変わるところがありません。
その姿はまるで木彫の鶏のようです。
全く徳が充実しました。

もうどんな鶏を連れてきても、
これに応戦するものがなく、
姿を見ただけで逃げてしまうでしょう”と言いました。


安岡 正篤

富国有徳への道

「この国の人々は今までに発見された国民の中で最高であり、
日本人より優れている人々は異教徒の間では見つけられない。
彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がない。
驚くほど名誉心の強い人々で、他の何よりも名誉を重んじる。
大部分の人々は貧しいが、武士もそういう人々も貧しいことを不名誉に思わない」

1549年フランシスコ・ザビエル

「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。
一見したところ、富者も貧者もない。
これが人民の幸福の姿というものだろう。
私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが
この人々の普遍的な幸福を増進させる所以であるかどうか、疑わしくなる。
私は質素と正直の黄金時代を、いずれ他の国におけるよりも
多く日本において見出す。
生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、
現在の日本の顕著な姿であるように思われる」

1856年ハリス提督


私たちの祖先は勤勉・正直・親切・感謝・素直・謙虚といった
徳目を規範に、縄文時代から暮らしてきた人たちであった。
外国の人たちの証言がそのことを明らかにする。


さて昨今は・・・・・・・残念なことに、隔世の感と言わざるをえない。
私たちはこの日本人の美質を取り戻し、
後世の世代にバトンを渡さなければならない。
私たち一人ひとりがこの美質を涵養し、発揮したとき
日本は再び真の豊かな国になるであろう。

本物は続く、続けると本物になる

現代の若者は「志」「目標」を持たないという。
「志に日付をいれると目標になる。」
生きる事は、自分の持っている宝を見つけること。
発見するために失敗も壁にぶつかる事もある。
その中で志が、自分を成長させてくれることに気付くだろう。
志が、だんだん大きくなるような人生は素晴らしい。
特別な人間が成功するのではない。
「できない」と思う事が自分自身を自制している。
成功の要件は簡単なこと!
成功するまで続ければ良いのだ。


決して、決して、途中であきらめてはならない!

易しく、深く、広く

「法然上人というのは大切なことを易しく教えた。
 そして、親鸞聖人は法然上人が
 易しく教えられたことを深く究められ、
 また蓮如上人はその深いことを広く伝えようとされた。
 

 『易しく』

 『深く』

 『広く』


 の三つの他に、もう一つ加えるならば

 『長く』

一源三流」に生きる

一源三流という言葉があります。

江戸期の儒者、伊藤仁斎の言葉だという人もいますが、
はっきりしません。
初めてこの言葉に出合った時に、すっと胸にしみ込んできた言葉です。
言葉とも相性があるのかもしれません。

「一源」は「誠実」ですね。「誠実」を「源」にして、


1.汗を流す
2.涙を流す
3.血を流す


1の「汗を流す」というのは文字通り、汗を流すこと。
額に汗して働く。労を惜しまないということでしょう。

2の「涙を流す」というのは、辛苦に耐えることですね。
辛いことやいやなことに耐える。
この耐えるということがなければ、人間の命の根は
深まっていきません。

同時に、感動感激の涙を流すという意味もあります。
感動感激は自らを高揚させるエネルギーになります。

第3の「血を流す」
これは命をかけるということではないかと思います。
命をかけるくらい真剣に物事に打ち込む、ということ。


人が生きていく上で、一番大事なことを端的にあらわした言葉ですね。

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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