日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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凡・非凡の分かれ目



凡と非凡のわかれる所は

能力の如何(いかん)ではない。

精神であり感激の問題だ。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)
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民族滅亡

理想を忘れた個人は堕落し
理想を失った民族は滅亡する

すべての価値を金銭に求めた
民族は滅亡する

歴史を忘れた
民族は滅亡する

上善水の如し

善(理想的な生き方)は水に学べ   
なすことに迷ったら水に習え



水にまつわる様々なことわざは



http://www.geocities.jp/shuji_maru/unchiku/kotowaza.html


中庸

武勇に秀でた者は力を恃しんで亡び
才能あるものは才智を過信して失敗する
世の人に勧めたいのはいずれにも偏しない
中道を選んでゆくことである
天下のすべては
誠実の一語に帰するものなのである



元田 東野(幕末。明治の漢学者)

三慧

聞  思  修

教えはつねに聞き

聞いたことを納得するまで考えて

実践しなければならない

六方拝

東に向かって・・・ご先祖様に
西に向かって・・・家族に
南に向かって・・・恩師に
北に向かって・・・友人に

天に

地に


自然に感謝してみよう
ありがとうございます。
ありがとうございます。


人間の思考を作る3つの条件

何を思っているか

言葉

動作


どんなことを思い、どんな言葉を使い、どんな行動をとるか

物知り

物知りというものは勿論(もちろん)結構、
場合によっては面白い、或(あ)る種の値打ちもある。

けれども、人間の本質的価値に何ものを加えるものでもない。
況(いわん)や物知りを自慢にするなどというのは、
これくらい他愛のないことはない。

この頃は物知り辞典というのが沢山出ております。

又クイズというものが大層流行っておるが、
こういうものは人間の知性の遊戯以上の何ものでもない。
おおぜい面を並べて、つまらない問答をして、
よくまあ、あんな馬鹿な事を性懲(しょうこ)りもなく
やれるものだ、と時々思うが、退屈まぎれ、
時間つぶし以上にさっぱり値打ちはない。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

五戒

不平不満
愚痴
泣きごと
悪口
文句


の「五戒」は口にしないように努力してみよう
何事も前向きに受け止めて
艱難辛苦に陥っても
希望や展望を見失わないように
時間を使いたいものですね

念忘解

一般に難しい問題を解くには念忘解の手順で踏むのが鉄則です

 抱え込んだ問題をあれこれと思案をめぐらし
   煮詰めるだけ煮詰める段階
   酒造りでいえば、材料を仕込む段階

 しばらく放っておく段階
   問題を解くのに行き詰ったら
   いったん思考を中止して
   再び取り組むまで間を置くことがことが大切です
   すると気がつかない間に潜在意識の力が働いて
   答もしくはヒントを見つけ出してくれることが多々あります
   
最終的に答を送り届けてくれる段階
   これは時と場所と状態を選んで閃きという形で届けられるので
   直感でしっかり掴まなくてはなりません


偉大なニュートンの万有引力の法則もこの念忘解のプロセスをたどって得られたものです

百瀬 昭次「水は偉大だ」清流出版より

質問とは何か

創造への第一歩である
まだ未解決で、まだ確信の持てない問題のことである
創造性への招待状である
正体を隠した回答である
出発点である
冒険の始まりである
古い物事を新しい見方で見る方法を教えてくれるものである
人生の流れを変える力があるものである


by ロッシェル・マイヤーズ

眼識

人間というものは妙なもので、
内省を深めるようになると中味ができてきますから、
自(おのずか)ら風采(ふうさい)、態度が変ってくる。

即(すなわ)ち大分できてきたなということがわかる。

といってもわかるためにはこちらにも、
即ち観る方にも学問がなければならぬ。

学問をしなければ、人を観る目ができない、識見・眼識が生じない。
あいつは財産がなんぼあるとか、何の役をしておるとか、
いうようなつまらぬことは気がつくが、
人間そのものについては全くわからない。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

動けば変わる

わたしは一年生のときからごみをひらっています

せかい中にみどりをふやすために

しょくりんのためのぼ金もあつめています

雨がふらないと水がなくなって

水をうばいあうせんそうがおきるときいたからです

わたしはこわくなって

わたしはじぶんにできることをやろうとおもいました

だからわたしはごみをひらったりしています

さんようしんぶんで中おうぶんりたいの木をぬいて

コンクリートでかためるきじをよみました

わたしはもっとごみをひらいます

おとうさんにもおかあさんにも

てつだってもらいます

だから木をぬかないでください

わたしはわたしのみらいにみどりがほしいです

わたしがおばあさんになっても

みどりがいっぱいの

せんそうがないせかいにしたいです

知じさんもごみをすてる人がいなくなるようきょう力してください

木をきる人に言ってください

わたしももっとがんばります

おねがいします


石原はるか8さい

四端

惻隠の心は仁の端なり・・・あわれ痛む心
羞悪の心は義の端なり・・・不正を恥じる心
辞譲の心は礼の端なり・・・へりくだる心
是非の心は智の端なり
・・・是々非々をわきまえる心

by  孟子

すべては一から始まる

長い人生ですので
ついつい基本を忘れがちです
初心をいつまでも持ち続け
自分が志した目的地まで到達できるように
日々人の道を旅していかなければなりません

はじめは失敗することがあるかもしれませんが
車の運転と同じで
走る・曲がる・止まる
をしっかり見極め
いい車両距離を保ちながら
周りをよく見ながら
気を配り・心を配り
人生の安全運転を心がけることです


by 塩沼 亮潤

塩瀬饅頭総本家の家訓

  一、今日一日三ツ君父師の御恩を忘れず不足を云ふまじき事

  一、今日一日決して腹を立つまじき事

  一、今日一日人の悪しきを云はず我善きを云ふまじき事

  一、今日一日虚言を云はず無理なることをすまじき事

  一、今日一日の存命をよろこんで家業大切につとむべき事



右は唯今日一日慎みに候。
翌日ありと油断をなさず、
忠孝を今日いち日と励みつとめよ。

早くていねいに

どんなことがあってもいいように
仕事は早くていねいにするように心掛け
全体の流れに支障がないように
時間の貯金をしなければなりません。

何事もアクシデントが起きてしまってからでは
後手になります。
どんなことがあってもいいように
必ずゆとりを持つことが肝要です
同じことを同じように続けるには
少しのゆとりが大切です



これが長い間同じことを続ける秘訣です

理想の指導者

最も理想的な指導者は  部下から存在されることすら意識されない

それよりも一段劣るのは  部下から敬愛される指導者

さらに劣るのは      部下から恐れられる指導者

最低の指導者は      部下から馬鹿にされる指導者である


(老子)

「やらされている百発より、やる気の一発」

■高校時代のイチロー
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 愛知工業大学名電高校、豊田大谷高校で
 野球部監督を務めた31年間、
 部員たちに口酸っぱく言ってきた言葉がある。

「やらされている百発より、やる気の一発――」

 いくら指導者が熱を入れても、選手側が
「やらされている」という意識で
 ダラダラ練習をしていたのでは何の進歩もない。

 やる気の一発は、やらされてすることの百発にも勝る。
 そのことを誰に言われずとも実践し、
 自らの道を開拓していったのが高校時代のイチローだった。


 彼と初めて出会ったのは昭和63年、私が46歳の時である。
「監督さん、すげーのがおるぞ」というОBからの
 紹介を受けた私の元へ、父親とやってきたその若者は、
 170センチ、55キロというヒョロヒョロの体格をしていた。
 こんな体で厳しい練習についてこられるのか、
 と感じたのが第一印象だった。

 私の顔を真剣に見つめながら

「目標は甲子園出場ではありません。
 僕をプロ野球選手にしてください」

 と言う彼に、こちらも「任せておけ」とはったりを噛ました。
 700人以上いる教え子のうち、14人がプロ入りを果たしたが、
 自分からそう訴えてきたのは彼一人だけだった。
 愛知には三強といわれる野球伝統校があるが、
 彼が選んだのは当時、新興チームだった我々の愛知名電高である。

 監督の私が型にはめない指導をすること。
 プロ入りした選手の数が全国随一だったこと。
 実家とグラウンドの距離が近かったこと。
 3年間寮生活をすることで、自立心を養い、
 縦社会の厳しさを学ぶこと。
 すべてあの父子の、熟考を重ねた末の選択であった気がする。



■グラウンドに幽霊が出る?
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 鳴り物入りで入部したイチローは、
 新人離れしたミートの巧さ、スイングの鋭さを見せた。
 走らせても速く、投げては130キロ近い球を放る。
 1年秋にはレギュラーの座を獲得し、
 2年後にはどんな選手になるだろう、と期待を抱かせた。

 一方、彼の父親は毎日午後3時半になると
 必ずグラウンドへ駆けつけ息子を見守った。
 打撃練習ではネット裏を、投球練習ではブルペンを陣取り、
 逐一メモを取っている。
 まるで、監督の監督をされているようで
 あまり気分のいいものではなかった。

 非凡な野球センスを持っていたイチローだが、
 練習は皆と同じメニューをこなしていた。
 別段、他の選手に比べて熱心に打ち込んでいる様子もなく、
 これが天性のセンスというものか、と私は考えていた。

 そんなある日、グラウンドの片隅に幽霊が出るとの噂が流れた。
 深夜になり私が恐る恐る足を運んでみると、
 暗がりの中で黙々と素振りに励むイチローの姿があった。
 結局、人にやらされてすることを好まず、
 自らが求めて行動する、という意識が抜群に強かったのだろう。

 その姿勢は日常生活の中でも貫かれており、
 彼は人の話はよく聴くものの、それを取り入れるべきか、
 弾いてしまうべきかについての判断を非常に厳しく行っていた。

 友達同士で話していても、自分の関心のないことに話題が及ぶと、
 ふいとどこかへ消えてしまう。
 そんな、わがままとも、一本筋が通っているともいえる
「選択の鋭さ」が彼には備わっていたのだ。

「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」といわれるが、
 スポーツはただ練習量をこなせば上達していくものではない。
 監督の役割はチームを束ねることだけで、
 本人が真に成長するポイントは教えて教えられるものではないのだ。
 自分自身との日々の戦いの中で、
 本人が掴んでいくより他、仕様がないのである。

 人知れず重ね続けた努力の甲斐あって、
 3年生になったイチローは7割という
 驚異的な打率を誇る打者に成長し、
「センター前ヒットならいつだって打ちますよ」
 と豪語していた。



■金字塔の陰にあるもの
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 プロ入り後の活躍は皆さんもご承知のとおりだが、
 入団1年目に彼は首脳陣からバッティングフォームを
 変えるようにと指示を受けたらしい。
「フォームを変えるか、そのまま二軍へ落ちるか」
 と厳しい選択を迫られた彼は、フォームの修正を拒否し、
 自ら二軍落ちの道を選ぶ。そしてその苦境の中から
 あの振り子打法を完成させるのである。

 その後も評論家からは「あんなフォームで打てる訳がない」
 などと酷評されたが、結局彼は自分の信念を押し通し、
 球界に数々の金字塔を打ち立てた。
 その根っこには、人並み外れた彼の頑固さと、
 野球に対する一徹な姿勢があるのだと思う。


 高校時代のイチローを思い出す時、必ず浮かんでくる場面がある。
 彼にとって高校生活最後の県大会。
 決勝戦で敗れ、惜しくも甲子園行きを逃したナインは
 試合後、抱き合いながら号泣していた。
 イチローはうな垂れる選手たちを尻目に応援団席に歩み寄り、
 ユニフォームを着れなかったたった一人の同級生に
「ごめんな」と声をかけていた。

 涙一つ見せず、その表情は実にさばさばとしたもの。
 あの時、イチローの目はすでに、
 プロという次なる目標を見据えていたのだろう。

 今年、イチローは大リーグで日米通算3,000本安打という
 偉業を達成したが、これも彼にとっては
 単なる通過点にしかすぎないのだと思う。

 いまや世界のスーパースターになったにも関わらず、
 彼は毎年正月になると私の元を訪ねてくる。
 その姿勢はどこまでも謙虚で少しも驕るところがない。

 私がイチローを育てたと言われることがあるが、
 私は彼のことをただ見守ったにすぎない。
 私のほうが逆に、彼に教えられたことばかりである。


中村 豪(愛工大名電、豊田大谷高校野球部硬式野球部元監督)

一隅を照らす

一隅を照らすもので私はありたい
私の受け持つ一隅が
どんなに小さいみじめな
はかないものであっても
悪びれず
ひるまず
いつもほのかに
照らしていきたい


by  住友電工 中興の祖 田中 良雄

五 美

人を恵んで厭味(いやみ)なく、
労して怨(うら)みず、
欲して貪(むさぼ)らず、
泰(ゆた)かで驕(おご)らず、
威あって猛(たけ)からず―と。


(論語・堯日[ぎょうえつ])



人は誠にかくありたいものである。

感動と感激

人は感動の度合いが大きいほど

人間的な厚みが増し、
 
その感動の量や感激の量が

最終的な人格をつくる


by 安岡 正篤

六然(りくぜん)

「六然」とは、つぎの6つです。


   自処超然(じしょちょうぜん)
   ・・・自らは、物にとらわれない。

   処人藹然(しょじんあいぜん)
   ・・・人に接する時は、心から慈しみ楽しんでもらう。

   有事斬然(ゆうじざんぜん)
   ・・・・事が起こった時は、迷うことなく早急に対処する。、

   無事澄然(ぶじちょうぜん)
   ・・・・何も問題のないときは、心清らかに静かな心でいる。

   得意澹然(とくいたんぜん)
   ・・・・どんなに得意満面の事柄があっても、淡々とする。

   失意泰然(しついたいぜん)
   ・・・・どんなに失意になる事柄があっても、平常心を失わない。


by  安岡 正篤

心構えというのは

どんなに磨いても
毎日ゼロになる能力である。
毎朝歯を磨くように、
心構えも毎朝磨き直さなければならない


by 社会教育家・田中真澄

失敗した時には腹を切れ

共同体は常に健全な危機意識を持っていないと
すぐダメになってしまいます。

リーダーは「時代の潮目(しおめ)はこう変わってきているのか」と
勉強し続け、「我々はこういう道を行くのだ」という
ビジョンを構築する力がなければいけないですね。
そしてそれを断行する決断力と実行力。

それで失敗した時には潔く腹を切ることです。
言い逃れをしてはいけません。




山本一元(旭化成常任相談役)

中庸

武勇に秀でたものは力を恃しんで亡び
才能のあるものは才智を過信して失敗する
世の人に勧めたいのはいずれにも偏しない
中道を選んでいくことである
天下のすべては誠実の一語に帰するものなのである


元田 東野(幕末から明治の漢学者)

証は行動の中にあり

現代人は考えすぎる

しかし、考えすぎて解決する問題など皆無だ

問題を解決するには行動するしかない

考えることは行動にブレーキをかける

考えるから行動しない

行動渋滞が起きる

行動しなければ証は何も得られない

これからは行動の時代だ

勝利は行動した人間のものだ

行動すれば証は鮮やかであり、生が強烈になる

21世紀に生き残るためには

思考を止める訓練が必要である



                 下手な考え休むに似たりである

3つの「し」

こんな変化の時代には3つの「し」を持て!


志  



が高ければ、感性が盛んになる
感性が盛んになると『いのち』盛んになる

は生きるための教えを授けてくれる
「正師得ざれば学ばざるにしかず」と言われるように
いい師匠を持たなかったら何も学べない

は感性や情感を豊かにする

西郷隆盛吉田松陰も坂本龍馬も自らの生きざまをに詠み
鮮烈に生きた、

3つの「し」を持てば元気が出てくる

何のために働くのか

「もし本気で自分の天職を見つけたいという気持ちがあるのなら、
 まずは与えられた仕事を素直に受け入れることです。
 そして、熱意と強い意志を持って、
 一心不乱にそれを続けていく覚悟が必要だと思います」


「人のせいにしていたら、いつまで経っても反省はできません。
 反省できなければ、成長もできないのです。
 あなたが仕事のできる人間になりたいのなら、
 他人のせいにすることは禁物です。
 常に己に帰着させ、己が反省しなくてはいけません」


「物質的豊かさばかりでは駄目だと誰もが考えると思いますが、
 精神の豊かさだけがあっても駄目なのです。
 この二つは車の両輪のようなものです。
 片方だけでは、バランスのとれた、優れた人間は育ちません。
 精神だけでも駄目、物質だけでも駄目、
 人間が幸せに生きるためには、両方を育てなければならないのです」


「悔いの残らないように生きるのも、
 悔いばかり残る人生にしてしまうのも、
 すべては自分次第です。
 晴れ晴れとした人生を送って命を終えたいと思うのなら、
 自分自身に打ち克って、
 自分の天命をまっとうするために必死で努力すればいいのです」




『何のために働くのか』(北尾吉孝・著)

あなたが人生に絶望しても

  人間誰しも心の中にアウシュビッツ(苦悩)を持っている。
  しかしあなたが人生に絶望しても、
  人生はあなたに絶望していない。
  あなたを待っている誰かや何かがある限り、
  あなたは生き延びることができるし、自己実現できる


       ヴィクトール・E・フランクル

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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