日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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 教える人間というのはね、
     ある意味では弟子に尊敬されるぐらいの
     努力をしてないといかん。

     それぐらいの努力をしないと
     誰もついてきてくれやしないよ。




  荒川博(日本ティーボール協会副会長)
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現代を生きる術

一、ハッスル hustle(あたり構わず押しまくる)が
  流行語となる世相である。
  粗暴無法の横行する世の中である。
  これを放置してはならない。

二、繁栄の裡(うち)に頽廃(たいはい)没落するという
  文明の常例が日本にもあてはまってはおらないか。
  レジャー leisure ヴァカンス vacance で
  好い気になっておれる時勢であろうか。

三、闘争・闘争、何でも闘争、
  平和の為にも闘争が呼号される。
  それは錯乱である。
  堂々と話し合いでかたづける明快な風を養おう。

四、組織と大衆と機械に制せられて、
  人間は段々自主性を失い、人間味を無くしている。
  恐ろしい滅亡への道である。
  俗悪な時流に動かされず、真実の意義ある生活を営もう。

五、空虚で傲慢(ごうまん)な運動を戒め、
  自ら一燈となって一隅を照し、
  万燈遍照(へんじょう)に努力しよう。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

憲法13条

『すべて国民は、個人として尊重される。
   生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
   公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、
   最大の尊重を必要とする』



  『アメリカ合衆国憲法は
   幸せを保障するものではなく、その追求を保障する。
   幸せは自分でつかまなければならない』 


フランクリン


『幸福は運命から与えられるよりも、
        むしろ努力で獲得する方が多い』

          


武者小路実篤


『どうするか自分で選ばなければ、人生にはなんの価値もない。
   自分でつかもうとしなければ、どこにも幸せはない』 



ソロー

善人よ強くなれ

善人にこの際最も大事なことは、
善柔・善弱・善怯(きょう)ではなくて、
善にして且(か)つ強くなければならない。

パスカルは
「正義が強いか、強い者が正義か、正しい者が強くなるか、
 強い者が正しくなるか、より外に人間は救われない」
と言うておりますが、
救われるためにはどうしても善人が
強くならなければいけません。

強くなるためには、感情的・感傷的にならずに、
線が太くならなければいけません。




 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

人に与え、与えられるのが人生

 『与えることと受けることを同じようにできることが幸いである。
   それが、自然でバランスの取れた生命の道なのだから』

                   

シャクティー・ガーウェイン

  『ただ相手に与えるだけではいけない。
   相手からももらわなくては』 


ゴッホ

無財の七施

仏法に「無財の七施」という教えがある。
財産が無くても誰でも七つの施しができる、
喜びの種をまくことができるという教えである。
財産が無くて、どうして施しができるのか。何を施せるのか。
 
『雑宝藏経』は、「仏説きたもうに七種施あり。
財物を損せずして大果報を得ん」として、七つの方法を示している。
 
一は「眼施」──やさしいまなざし。
二は「和顔悦色施」──慈愛に溢れた笑顔で人に接する。
三は「言辞施」──あたたかい言葉。
四は「身施」──自分の身体を使って人のために奉仕する。
五は「心施」──思いやりの心を持つ。
六は「床坐施」──自分の席を譲る。
七は「房舎施」──宿を貸す。
 

大きなことでなくともいい。
人は日常のささやかな行いによって喜びの種をまき、
花を咲かせることができると釈迦は教えている。
自らのあり方を調えよ、という教えでもあろう。

涕泗(ていし)

なみだ
泣くときに目からですのが
鼻から出るのが


by 安岡 正篤

準備の努力

『木を一本切るのに8時間ももらえるのなら、
          私は最初の6時間を斧を研ぐのに費やす』
          

リンカーン

『魚は招いて来るものではなく、
   来るときに向こうから勝手にやって来るものである。
   だから、魚を獲ろうと思えば、
   常日頃からちゃんと網の用意をしておかねばならない。
   人生すべての機会を捕捉するにも同じことがいえる』 


岩崎弥太郎

  『人間は何事にも、出番を待つ間の修行が大切である。
   そして、あせらず、怠らず、いつ出番が来てもいいように
   用意万端ととのえておかねばならぬ』 


石田退三

 「誰にでもできることを積み重ねて生きる」


俺も動こう、何かをやろう
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

午前6時、新宿駅東口広場。ここから僕の1日は始まります。

日本一、いや世界一往来が多いといっても
過言ではないこの広場のゴミを拾い、
それから大学に行く。
そんな生活を始めて約半年が経ちました。

きっかけは1本の映画でした。
帰省した折、兄から
「『107+1 天国はつくるもの』っていう映画が
あるらしいんやけど、観に行かへん?」
と誘われたのです。

怪しいタイトルだなと思いながらも、
特に用事もなかったので観に行くことにしました。
そして、号泣でした。

「一人が動けば世界は変わる」という
メッセージが込められたそのドキュメンタリー映画を観ながら、
「俺も動こう、何かをやろう」と思った時、
ぱっと頭に浮かんだのが、ゴミが散乱している
新宿駅東口広場だったのです。

「俺、毎朝6時から新宿の東口のゴミ拾いやるわ」。

上映後、興奮気味に兄に宣言すると、
「闇雲にやっても続かへんぞ。期間を決めてやれ」と言います。
「じゃ、1か月間やる」と約束し、帰京後すぐ開始したのでした。



■あるホームレスとの出会い
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

しかし、現実は厳しいものでした。
そもそも9時、10時に起床するような
怠惰な毎日を送っていたのです。
毎朝5時に起きるだけでもつらいのに、
時は11月上旬で、拾っても拾っても落ち葉が舞い落ちてきます。
次第に寒さが厳しくなる中、忘年会シーズンへと突入し、
通常のゴミはもちろん、ねずみやカラスの死骸、
女性の下着、注射針など、考えられないようなものまでが
捨てられていて、集めたゴミは10袋以上にも膨れ上がりました。

友人のアイデアで「一緒に掃除してくれる人募集」
と書いたダンボールの看板を首にかけていましたが、
通りすがりに「なんや、あいつ」と言う人、
目の前でゴミを捨てる人、時にはせっかく集めたゴミを
蹴飛ばす人もいました。

「もう止める、明日は止める。
 ……でも、1か月経たんうちに止めたら負け犬や」

200回以上そんな心の問答を繰り返し、
葛藤がピークに達した頃でした。
ある朝、いつも通り一人でゴミを拾っていると、
気がついたら一緒に拾っている人がいるのです。

突然現れたその人は、新宿駅に寝泊まりをしている
ホームレスの“石浜さん”というおじさんでした。
「君が毎日掃除しているのを見て、手伝えないかと思って」
と言って、以来毎日来てくれるようになった石浜さんは、
少し足が不自由で、ベルトがゆるいのか、
いつもズボンからお尻を半分のぞかせながらゴミを拾っていました。

ところがある朝、僕のほうが寝坊してしまった時がありました。
急いで駆けつけたものの、新宿に着いたのは八時近かったと思います。
広場では石浜さんが一人で足を摺りながら
ゴミを拾ってくれていました。

俺が行かなかったら、石浜さんは一人でやることになるんだ──。

いま振り返ると、その頃から「つらい」とか
「やめたい」という思いが消えていったように思います。
すると不思議なことに、道行く人に
「毎日ありがとう」とか「ご苦労様」と声をかけられたり、
時には温かい飲み物を差し入れてくれる人まで現れました。
そして「手伝います」と言って、
一緒にゴミを拾ってくれる仲間が一人、二人と増えていったのです。

そうなると段々楽しくなってきて、
クリスマスの頃には
「俺、このゴミ拾いはずっと続けていくんだろうな」
という確信を持ち始めていました。



■一灯照隅の生き方とは?
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

しかし、ちょうどそんな時でした。

「あれ、きょうは来ないのかな」と思ったその日から、
石浜さんは来なくなってしまったのです。
現れた時と同じように、突然ふっと姿を消してしまいました。

もしかしたら石浜さんは、
僕がゴミ拾いを続けられるように
神様が姿を変えて現れてくれたのかもしれません。
もしもあの時、石浜さんが現れなかったら、
たぶん今日まで続けてこられなかっただろうと思うのです。

そうして半年が経過したいま、新宿東口広場のゴミ拾いは、
同世代の大学生を中心に少しずつ仲間の輪が広がってきています。
それぞれの都合に合わせて参加してくれていますが、
申し合わせなくても毎日10人前後が集まるようになりました。

2時間かかっても終わらなかったゴミ拾いも
1時間で終わるようになり、ゴミの量も半分以下になりました。
ここまできたらこの広場を
ゴミ一つ落ちていない場所にしたいと思い、
現在は東京都と連携して対策を取りながら行っています。

ゴミ拾いを続ける中で気がついたことが一つあります。
よく「人生を変えたい」「幸せになりたい」と言いながら、
「何をしたらいいかわからない」という人がたくさんいます。

実際、以前の僕もそうでした。
熱中しているものもないし、友達と遊びたいし、
ダラダラしているほうが楽だと思い、
人生を変えたいと思ってもその一歩を踏み出せずにいました。

しかし人生を変えるには、会社を起こすとか、
メジャーデビューするとか、
そんな大きなことをしなくてもいいのです。

ゴミ拾いのような、やる気になれば誰にでもできる
小さなことを着実に積み重ねていく。
そうすれば絶対に人生は変わるし、
幸せになれると実感しています。

毎朝元気に挨拶をする、花に水をあげる、
お母さんの家事を手伝う。
自分ができる小さなことを積み重ねていけば、
それによって必ず自分の人生は輝き出す。
それがゴミ拾いを通して得た学びであり、
一灯照隅の生き方ではないかと思っています


 

        荒川祐二(上○大学4回生)

人生二度なし

 『お互い 自分の生き方を 発見し
   二度とない人生を 生きてゆこう』 



坂村真民


 『人生の行路は楽しく、また歩むに十分値するものである。
  しかし、それは一度きりである』


          
チャーチル


『一度だけの人生だ。
   だから今この時だけを考えろ』
 


中村天風

 『夢は、現実をしっかりふまえることによって
   育てていけるものだ』 



本田宗一郎



  『夢に日付を。いつ夢を達成するのか。
   それを決めれば、今日が変わっていく』 



渡邉美樹



  現実的に考え、夢の実現に向けて
   具体的に行動することが肝心なのでしょう。


  『つかまえられそうなところにある夢を目指しながら、
   苦労して走ってるときが最高なんです。
   その気持ちを何度も味わえるように、
   夢はあんまり高いところに置かないほうがいい』 



萩本欽一



  『目標は簡単に手に入ってもいけないし、不可能でも意味がない。
   つまり、目標は手に届くか届かないところに
   置かなければならない』 



岡田武史



 

  『若者の皆さまは夢を大事に。
   自分の夢を信じて、
   それを実現するために努力したほうがいい』 




忌野清志郎

扇四呉服店中村家の家訓

 ■原文
 ̄ ̄ ̄ ̄
我が友人一老商に市店盛衰の原由を問ふ。
老商答て曰く、夫れ基本に応して其地を撰み
適宜の物を商ふに薄利を以し得意を敬ひ
質素を旨とし主人は油断なく召仕は骨を折る。

是れ其家の興るべき基礎にして
衆客の方向悉く此家に帰すべし。
何ぞ盛大に至らざらんや。
而して意に大店と成り登り財を積み庫を建て
親族敬し同業服し其威自ら高く其権自ら強く
主人誇り召仕懈り始て茲に衰頽の兆しを顕はす。
是れ一般の通理なり。

去れば家の盛ならんとする時は
上下悉く意を勉励に用ゐて一髪の透なく
朝夕栄利の増加するを視る。此を以て益々盛なる也。

若し衰んとするに及ぶ時は之に反し主僕相倶に
威権を振ひ寝食座臥只安心して永世不朽の家産也と思ふて
敢て其習しに梧葉秋風の生ずるを知らず。

患難頓に来たって始めて自ら其衰ふるを視る。
此を以て困窮意に挽回す可らざるに至る也。
此境を知る事最難しと雖とも我れ足下の為めに
深秘を惜まず一語以て告げん。

凡そ人貴賎貧富を論ぜず他を軽蔑侮視するの念
胸間に発せば是れ則其衰頽の気の生する所ろ
百般の災害是より襲来すべきなりと
此言や百発百中決して違ふ事なし
我れも深く感じて世の蒙者に報ず。



■意訳
 ̄ ̄ ̄ ̄
 私の友人の老商に店の盛衰の原因は何かと質問すると、
 老商は次のように答えた。

「適切な場所を選び、適切な商品を商い、
その際、利益を薄くして得意客を敬い、
質素倹約を旨として、主人は油断することなく、
また使用人は骨身を惜しまず働く。

これこそが家業が発展する基本であり、
その基本を行えば、お客は集まり、店は必ず盛んになる。

 そのようにして大店となり、財を成し、
 蔵が建つほどになり、親族は敬い、
 同業者も従うようになると、その店の権威は高くなる。

 そうすると、主人はそれを誇るようになり、
 使用人も怠けるようになる。
 この時に衰退の兆しが現れるものだ。
 これが世の道理である。

 だから、家業が成功して盛んになってきた時には、
 主人も使用人もすべて勉励を心がけ、
 決して油断なく一日中栄利が増えるようにすれば、
 ますます家業は盛んになる。

 これに反して、主人も使用人も驕って威を奮い、
 日々安心して家産は永久になくならないと思い、
 そのうちに秋風が吹くことを知らないでいると、
 衰退が始まるものであり、俄かに問題が起きて、
 初めて衰退を知ることになる。

 その段階では、もはや挽回することはできない。
 この分かれ目を知るのは大変難しい、
 しかし私はあなたのために一言助言しよう。

 貴賎貧富にかかわらず、他を軽侮する気持ち、
 驕(おご)りが心に起こったら、その時が衰退の始まりであり、
 衰退をもたらす諸々の問題はここから起こってくるものだ」

 この言葉は間違いのない真理であると深く感じ、
 ここに世の人々に知らせるものである。


繁栄の法則

「『人のために』というよりも、
 利益を得ることが最大の目標という人たちが多いから、
 少し人によきものを与えることをしている人は、
 成功して繁栄しつづけていることが多い。
 この心をいつまでも失わない人というのが、
 いつまでも繁栄してしまう人です」


「一番難しいのは人生が順調なときです。
 あらゆる事がうまくいっている時こそ、
 信を養い利に流されてはいけないのです。
 感謝され、ありがとうを言われる側の商売をすることなのです」


「お金は大切な物だけど、
 いつまでもしがみつく程、
 大事なものではありません。
 『減れば増えるし、増えすぎれば減るもの』なのです。
 あの世に持って行くものは人に与えた喜びと
 人に与えた悲しみだけなのです」


「『ありがたい、ありがたい。あぁ、ありがたい』
 と言って、いつも人からもらってばかりではだめです。
 感謝し、本当にありがたいなと思ったらその感謝の気持ちを、
 何らかの形で社会に還元することが大切です。
 同じ人に返さなくてもいいけれども、
 世間に必ず返すということです。
 『感謝は返謝をしてこそ完成する』のです」


「良き物を与えると、良き物が帰ってくる。
 『必ず投げたものが自分に返ってくる』んです。
 このことをよく覚え、よく噛みしめ子供たちに伝えねばなりません」



─『繁栄の法則』本文より─

感奮興起

感動なきところに 感謝なし

奮闘なきところに 成功なし

興味なきところに 上達なし

起動なきところに 自立なし

高天原(たかまのはら)

高天原は遠い所にあるのではありません
数千年昔の遠い所にあるのでもありません
高天原は今、ココにあるのです

天と地つなぐ物語をつくるのはあなたです
あなたが主人公です
さあ、一緒に今とココに真剣に生きましょう

愚痴は禁物



有り難いとか、感謝とよく言うが、
自分の生活の中でまず不満や愚痴は未練がましく
漏らさない心がけが肝要だ。

墨俣一夜城 偽作か事実か


 桶狭間で今川義元を討ち取った織田信長は美濃攻略に乗り出す。
美濃を支配する斎藤龍興の拠点、稲葉山城を落とすため、
交通の要衝・墨俣に出城を築くことを重臣に命ずる。
新参者の木下藤吉郎(後の太閤秀吉)が名乗りを上げ、
永禄9(1566)年9月、即興の城を建てることに成功した――。

 「墨俣一夜城」の話は太閤の出世物語に欠かせない。
岐阜県大垣市墨俣町には、1991年につくられた
墨俣一夜城(墨俣歴史資料館)がある。
大垣城などを参考にした天守閣で、
24金を27キロも使った鯱(しゃち)が乗る。
さすがの秀吉も、これを一夜で建てるのは無理だろう。

 「実際の一夜城はとりでのようなものだったでしょう。
天守閣は一夜城を後世に伝えるための資料館なのです」と
杉原重明館長は話す。

 信長関係の史料として信頼性の高い「信長公記」に、
一夜城の記述はない。
資料館に展示された墨俣一夜城の説明は、
愛知県江南市の旧家に伝わる前野家文書に基づく。
それによれば墨俣に侵攻した秀吉の総兵力は2140人。
信長から借り受けた兵は鉄砲隊の75人。
1万数千本の材木を木曽川へ流し、
安全な場所で築城用に加工して現場で組み立てた。
今で言うならプレハブ工法で馬防さくを作り、
敵の攻撃を防ぎながら3日間で城を造った。

 前野家文書の一部は、87年に書き下し文で
『武功夜話』(新人物往来社)として出版された。
詳細で生き生きとした記述が遠藤周作、堺屋太一といった
小説家の着想源となったが、
17世紀前半に記されたという成立年代や、
史料としての価値をめぐって論争が絶えない。
墨俣一夜城は主な論点の一つだ。

藤本正行氏と鈴木眞哉氏の共著『偽書「武功夜話」の研究』(洋泉社)は、
墨俣での築城に参加したという
前野小右衛門への蜂須賀小六の書状を
「後世の人間が創作した完全な偽文書」と断じる。
戦国文書に見かけない語句が目立つことなどが理由だ。
城絵図にも軍事的な欠陥や当時の常識を無視した点が多く、
「偽作としかいいようがない」。
さらに、他の史料も参照して
「一夜城の存在そのものを疑わざるをえない」と記す。

国文学者で元愛知工業大教授の松浦武さんは
「武功夜話研究会」をつくり、
書き下し文ではなく正確に翻刻する作業を続けてきた。
「翻刻を元にした史料としての価値判断はこれからだ」という。
その上で「文学作品として読めば事実かどうかは気にならない」と話す。
「墨俣のくだりは、費用や材料まで細かく記されている。
頭でつくった話だとしても、
優れた軍記物語であることは間違いない」



(西田健作)

メディカルハーブ

「メディカルハーブ」と聞くと、何か堅苦しいものとか、
敷居の高いものというイメージを持つ方も、
いらっしゃるかもしれません。

このメディカルハーブとは、ハーブ(薬草、香草)を
健康維持に使おうというもので、食用に用いるものと区別して
「メディカルハーブ」と呼ばれています。

その起源は古く、紀元前1700年ころの
古代エジプトといわれています。
化学的に成分を加工、抽出して作り出す
現代の薬(新薬)が発明される前までは、
人類は長い歴史の中で、病気を治すために
このハーブを使ってきました。

じつはこの日本でも、「ゆず湯で体を温める」とか
「風邪には大根おろし」といった、
植物を用いた健康法は古くから生活に根付いていますが、
これらも自然の力を利用するという点では、
メディカルハーブの一種と言えるでしょう。
中国の漢方薬なども同じです。

現代の日本では、新薬は病院に行けば
比較的簡単に手に入りますが、
世界の生活水準からすると、まだまだ高価なものであり、
WHO(世界保健機関)に加盟している193か国のうち、
新薬が浸透しているのはわずか二割程度の国なのです。
残りの8割の国ではまだハーブが薬の主役ということです。


■現代人の生活習慣病に効果的
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新薬が単一成分で、一点集中に作用するのに対して、
ハーブには非常に多くの成分が少量ずつ含まれているため、
穏やかに、かつ全身に作用します。

新薬の発展により、人類は多くの伝染病を
駆逐することに成功しました。
しかし、このことで病気そのものの性質も変化しました。
伝染病や感染病が少なくなった代わりに、
生活習慣病や心身症といった病気に悩む人が増えてきたのです。

これらの病気は、基本的に新薬によって対症できるものではなく、
治療より予防、部分より全体の調和といった特性である、
メディカルハーブのような自然療法が得意とする領域です。 

私がメディカルハーブを学び始めたきっかけも
生活習慣病対応からでした。
今から20年前、薬剤師になりたての私は
薬局をやっていたのですが、
そのころは、心身症やストレス病といった
心の病にかかる人が増えた時期でした。

そういう病気に対して新薬ではなかなか効果を
発揮させることができず、
どうしたものかと考えているときに、
たまたまハーブティー、メディカルハーブと出合ったのです。

情報を集めて行きましたら、その歴史と化学的背景が、
非常に薬学と近く、これは信頼できると思い、
心身症、初期のボケの初見のあった親を持つ知人に
イチョウ葉のメディカルハーブを紹介しましたところ大変喜ばれました。


■メディカルハーブにはどんなものがある?
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ほんの一部ですが、メディカルハーブとその効用をご紹介いたします。
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<ハーブティー>

様々な種類が今の日本では簡単に手に入ります。

疲れたなという時に一杯飲むのも良し、
毎日習慣付けて飲のむも良いです。

○花粉症に ⇒「エルダーフラワー」が効果的。
○疲労回復に ⇒「ハイビスカス」。
○高血圧・心臓強化に ⇒「ホーソン」は高血圧を抑え、
 心臓の機能を強化する効果もあります。
 すぐに息切れする方などはお試しいただければと思います。

<ハーブサプリメント>

サプリメント状のものもあります。
○認知症に ⇒ 記憶力低下、ボケ防止に効果があるのが「イチョウ葉」です。
○前立腺肥大に ⇒ 前立腺肥大は80歳代男性の
 90%が該当すると言われており、病気というよりも老化現象だと言えます。
 「ソウパルメット」が効果的です
○更年期障害に ⇒ 女性の更年期障害には、「ブラックコホシュ」がよいです。

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こういった自然療法は思い込みに走ると危険であり、
「ガンがこれで治る」というような特効薬願望に
訴えるものであってもならないと思います。

自然療法の元々の特質は、人間が本来持つ治癒力を
伸ばす助けをするという、地味で地道なものです。
そんな自然療法の中で、このハーブについては科学的な研究も進んで、
その効用について、多数の研究論文の発表がなされています。

もちろん、新薬を含む近代医療も必要なものです。
この近代医療と、メディカルハーブのような自然医療の、
それぞれの良いところを有益に生かすのが、
身体にもやさしく、医療の一つの理想形だと言えるのではないでしょうか。

まずはハーブティーからトライしてみていただければと思います。




グリーンフラスコ株式会社 代表 : 林真一郎(東京都目黒区自由が丘)

ボールペン&マーキング学習法

成績の伸び悩んでいる子には共通点がある。
妙にプライドが高く、間違った答えを消してしまう。
間違った答えを消す子は絶対に伸びない。
なぜなら、どういう間違いをしたか見直せないので、
次も同じように必ず間違える。
①勉強で重要なことは、答えが正しいかどうかではなく
  どういう具合に答えを導いたかである。
  問題を解いたら答えあわせをする。
  その際に一番重視することは
  正解か、間違っていたかではなく、 
  正解に対して納得がいくかどうかです。
  ひとつの答えが正解である以上、
  そこには必ず根拠がある。
  その根拠が納得できれば、
  それは理解できたということです。
② ボールペンは書き直すことができないので
  慎重に書くようになる。
  きちんと考えながら解くことは思考力を発達させる。
③ 自分の弱点としっかり向き合おう
  人はどうしても自分の弱点を正視しようとしない。
  正視できないのであればイヤでも
  目に入るようにすればよい。
  黒のボールペンで解いた後で
  赤のボールペンで答えあわせをする。
  できなかったところは赤で正解を書き込み、 
  蛍光ペンでマーキングをする。
  蛍光ペンでマーキングをしたところを
  徹底して暗記する。
④覚え切れていない部分に着目
  間違った問題は、ノートに問題のみを書き写しておく。
  ある程度問題がストックしたら、
  もう一度間違った問題を解いてみる。
  また間違えたらノートに問題を書き写し,
  再度解きなおしてみる。
  間違った問題がなくなるまでこの作業を繰り返す。
⑤ 記憶は恐らく1週間も持たない
  これを完全にものにするには何といっても反復しかない。
  暗記にとって重要なのは所要時間ではなく、
  反復の回数である。
⑥ マーキングのポイント
  赤色は客観的に重要な部分
  青色は主観的に重要な部分



  といった分け方でマーキングをする

世に五交というものがある。

 一を勢交 (勢力者に交を求める)。

 二を賄(わい)交 (財力ある者に交を求める)。
 
 三を談交 (能弁家に交を求める)。
 
 四を窮(きゅう) 交(困窮のため苦しまぎれに交を求める)。
 
 五を量交 (利害を量[はか]って得な方に交を求める)。


いずれも恥ずべきもので長くは続かぬが、
かく挙げてくれば真の交わりというものも
人世には得難いものである。

 『安岡正篤 一日一言』

言葉のエネルギー

欲望のために努力しても、世のためにならず、人が喜ぶことはない

山口富久(広島市東区長)

■逆境時の生き方■

  逆境の時、試練の時に
  どのような生き方をしたかで、
  その後の運命は変わってくる。


塙 昭彦(セブン&アイ・フードシステムズ社長)



■天に棄物なし■

  「天に棄物なし」。一見不利に思われることも、
  自分の取り組み方次第で益となって働くものです。
  だから憂えることはありません。

      
神渡良平(作家)


■人生の羅針盤■

  人間学とは、人生の羅針盤である。
  学べば一生ものの宝になる。

      
篠浦伸偵(脳の覚醒下手術の権威
           東京都立駒込病院・脳神経外科医長)

情報

「情報は、一番思いの強い人の所に、
一番熱くなっている人の所に集まってくる」


中村哲雄(岩手県葛巻町前町長)

倍の力

 1人ひとりが100の力を持っているとすれば、
やる気を起こした人は120の力を発揮します。
     不当な差別を受けるなどしてやる気をなくした人は
     60しか発揮できなくなります。

     2倍も違ってくるのですね。

     ですから、人をモチベートすることはとても重要で、
     そのためにトップは常に公平でなければならないのです。




  石田 孝(西日本高速道路会長 CEO)

【知恵の学問】

知識の学問と知恵の学問では非常に違うのであって、
知識の学問は、われわれの理解力・記憶力・判断力・推理力など、
つまり悟性(ごせい)の働きによって誰にもひと通りできるものだ。
子供でもできる、大人でもできる、善人もできる、悪人もできる。

程度の差こそあれ、誰でもできる。
その意味では、機械的な能力である。

しかしそういうものではなく、
もっと経験を積み、思索反省を重ねて、
われわれの性命や、人間としての体験の中からにじみ出てくる
もっと直観的な人格的な学問を知恵の学問と言う。

だから知識の学問より知恵の学問になるほど、
生活的・精神的・人格的になってくるのである。

それを深めると、普通で容易に得られない徳に根差した、
徳の表われである徳恵(「とくけい」あるいは「とくえ」と読む)
という学問になる。

これが聖賢の学である。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

もったいない

「もったいない」という心が育って初めて、

徳というものが育ってくる



山口昭(木の城たいせつ創業オーナー)

凡事徹底

掃除も、いつも同じ時間をかけて、
 同じ範囲だけやっているようでは駄目です。
 同じ時間だったら、それが広がっていき、
 同じ場所だったら、時間が縮まっていくという工夫を
 しなければいけません。
 能率、効率が高まらないようなやり方は駄目です。
 さらに、この幅を広げていくことが
 人間の人格を深め、高めていくことと比例していきます」


  
□□□  『凡事徹底』(鍵山秀三郎・著)

反省

反省は一度すればいいというものではありません。
繰り返し行うことが不可欠です。
なぜなら、「反省」を繰り返さなければ
変わることができないほど、
人間は頑迷固陋な存在でもあるからです。

私ににとっても、毎日「反省」をするということは、
最初は理屈で考え、行っていたことが、
次第に習い性になってきたように思われます。

このような習慣を持つことは、
禅寺で修行をするのと同じような効果が
得られるのではないでしょうか。

「反省」を重ね、心を純粋にする努力を
不断に続けることによって、
次第に高い精神性を身につけることができると思います。

稲盛 和夫「成功と失敗の法則」より

思考の3原則

私は物事を、特に難しい問題を考えるときには、
いつも三つの原則に依(よ)る様に努めている。

第一は、目先に捉(とら)われないで、出来るだけ長い目で見ること、

第二は物事の一面に捉われないで、出来るだけ多面的に、
出来得れば全面的に見ること、

第三に何事によらず枝葉末節(しようまっせつ)に捉われず、
根本的に考える


ということである。

by 安岡 正篤

「家貧にして未だこれ貧ならず
 道貧にして人を愁殺す」


(家の貧しいのはまだほんとうの貧ではない。
 道を求める心がなくなった時が本当に憂うべき貧しさであり、
 その時に人は滅ぶ)


by 安岡 正篤

最小栄養律の法則

植物が生育するためには
いろいろな養分が必要であるが
そのうちのたった一つの養分が不足しても
生育が悪くなり
たとえそれ以外の養分が豊富であっても
植物は最も不足している
養分によって生育が決定される



by ドイツの有機化学者 リービヒ


勉強もたった1つでも基礎力が不足していれば
その基礎力以上の応用力はつかない



マイバッグと次はマイカップ

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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