日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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ほんものの製品

     (松下幸之助さんは技術者の私に聞かれました)
     「君、製品を抱いて寝たことがあるか?」

      と。あまりに突拍子もない問いかけなので
      答えに窮していると、

     「君な、製品を抱いて寝たらな、
      製品がもの言うてくれるんや」

      とおっしゃいました。

      そこまでの気持ちで製品を開発すれば、
      ここはもっとこうすべきだということを、
      製品が語ってくれるかの如くに悟ることができるはずだと。

      そこまでいかなければ本当の製品というものは
      できないということを教えてくださったわけです。



   谷井昭雄(パナソニック特別顧問)
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経営の3要素

将来こうなりたいという理想を持ち

それを実現していく段取りを考え

足もとの現実から実行に移すこと



安岡 正篤

アメリカがもくろんだ戦後教育の狙い

一、日本人に誇りを持たせる歴史教育をしてはいけない

一、人の道である道徳教育を教えてはいけない

一、宗教教育の禁止

   これは具体的な宗教宗派を禁止という意味ではなく
   人間を超える偉大な存在に対する畏敬の念を抱いてはいけないということ。

この3つを教えられなかった人間はどうなったでしょうか。
民族としての誇りがなく、人の道をわきまえず、人間を超える偉大な存在に対する
畏敬を持たない人になり、昨今の偽装事件の頻発が当たり前の時代になりました。

なぜ成功する人としない人がいるのか?

ある時、弟子が師の道元に聞いた。

「人間は皆仏性を持って生まれていると教えられたが、
仏性を持っているはずの人間に
 なぜ成功する人としない人がいるのですか」

「教えてもよいが、一度自分でよく考えなさい」

道元の答えに弟子は一晩考えたが、よく分からない。
翌朝、弟子は師を訪ね、ふたたび聞いた。

「昨晩考えましたが、やはり分かりません。
 教えてください」

「それなら教えてやろう。
 成功する人は努力する。
 成功しない人は努力しない。その差だ」

弟子は、ああ、そうか、と大喜びした。
だがその晩、疑問が湧いた。

仏性を持っている人間に、
どうして努力する人、しない人が出てくるのだろうか。
翌日、弟子はまた師の前に出て聞いた。

「昨日は分かったつもりになって帰りましたが、
 仏性を有する人間に、どうして努力する人、
 しない人がいるのでしょうか」

「努力する人間には志がある。
 しない人間には志がない。その差だ」

道元の答えに弟子は大いに肯(うなず)き、
欣喜雀躍(きんきじゃくやく)家路につく。

しかしその晩、またまた疑問が湧いた。
仏性のある人間にどうして志がある人とない人が生じるのか。

弟子は四度師の前に出て、そのことを問うた。
道元は言う。

「志のある人は、人間は必ず死ぬということを知っている。
 志のない人は、人間が必ず死ぬということを
 本当の意味で知らない。その差だ」



道元の逸話である。

歴史に学ぶ

 「大切なのは、正しかったか悪かったかを考えることではない。

結果にとらわれず、その中身を一つひとつ正確に吟味して、

いいはいい、悪いは悪いときちんと整理をつけて把握することだ。

そうしてこそ、歴史に学び、その教訓を未来に生かすことができる」

重信川

この川は昔は伊予川といってたのを
     足立重信という人の名をとって、
     重信川になったんです。

     どうしてかというと、この川は昔、
     氾濫して農民を困らせたんです。
     それを足立重信という人が
     この川の改修に一生をかけたんです。
     それで重信川になった。

     男が一生、何に命をかけるかというのが
     ぼくの一つの命題ですからね。
     ぼくは詩に命をかけるが、
     そういう苦しむ農民のために
     命をかけた男の人がここにいる。
     
     だから、ぼくは20年前の
     9月30日にここに来て、
     10月1日に、すぐに足立重信の墓に、
     あなたが一生かけて改修してくれた
     川のそばに引っ越してきました、
     よろしくお願いしますと、
     お参りしたんです。



        坂村 真民

人間の可能性を妨げる6つの要因

いたずらに安定を求める気持ち

辛いことを避けようとする態度

現状維持の気持ち

勇気の欠如

本能的欲求の抑制

成長への意欲の欠如



アメリカの心理学者 A・H・マズロー

深刻にならないほうがよい

人生は一箱のマッチ箱に似ている。
         
重大に扱ふのは莫迦莫迦(ばかばか)しい。

重大に扱はなければ危険である』



          
芥川龍之介 「侏儒の言葉」より

独行道

武蔵の処世訓が21か条書かれているが
代表的なものだけ書き留めておこう

一、世世の道にそむくことなし
一、身にたのしみをたくまず
一、よろずにえこひいきのこころなし
一、身を浅く思い、世を深く思う
一、一生の間欲心思わず
一、我、事において後悔せず
一、身ひとつに美食をこのまず
一、神仏を尊んで、神仏を恃まず



五輪書 『岩波文庫』

わが行は精進して忍んで終(つい)に悔いじ

     柿やりんごや桃と同じに
     与えられた自分の命、
     自分という人間を成熟させて、
     人から喜ばれるものになっていきたい
     というのが私の願いであり、祈りです。


     大無量寿経の嘆仏偈(たんぶつげ)の中に、
     
     「我行精進(がぎょうしょうじん)、

      忍終不悔(にんじゅうふげ)」


     という言葉があります。
     私はこれを毎暁となえています。

     わが行は精進して
     忍んで終(つい)に悔いじ。
   

     修行には完成はありません。
     未完です。
     成就するのではなく、
     成就するのを乞い祈り願うのです。
   
     そして、生まれ難き中を
     人間に生まれてきたのだから、
     生きがいがあるように、
     自分を仕上げて死にたいものだと思っています。 


by  坂村 真民

古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ

昭和の初めの頃の話です。
松下電器の幹部が外部の会合に出たそうです。
昭和の初めというと、まだ松下電器も中小企業の時代です。


その幹部が、
「松下電器って何をつくる会社ですか?」
と聞かれました。
当然、「電気製品をつくる会社です」と答えました。
帰社後、そのことを社長に報告しました。


「今日、会合に出かけましたところ、
 松下電器は何をつくる会社ですかと聞かれました」
「そうか、君、どう答えた?」
「ちゃんと、電気製品をつくる会社です、と答えておきました」
「そうか、うちもまだ会社の名前を聞いただけでは
 何をつくっているかピンときてもらえんか。
 これから頑張って、松下電器と聞いたら、
 すぐこういう物をつくっている会社だとわかってもらえるように、
 頑張らなければいかんな」と言われると思って報告したそうです。


ところが松下幸之助は、そうは答えなかった。
「何? 君は松下電器は電気製品をつくる会社と答えた?
 その君の答えは、私の考え方と違うな」
と松下幸之助は言います。


その瞬間に報告をした人は
「えっ? 私の知らないところで、
 ほかに何かをつくっておったのかな?」
と思ったかもしれません。


「社長、それはどういう意味ですか?」と聞くと、
松下幸之助はこう言ったそうです。
「君な、知識や技術や資格は全部、人生の道具であって、
 どんな立派な道具をそろえても、
 それを使う本人が人間として立派にならん限りは
 絶対にいい仕事はできない。
 松下電器は電気製品とともに人間をつくる会社や」

 それだけではありません。

「君、言い直してきなさい」
と言われたそうです。



空海の言葉に
「古人の跡を求めず
 古人の求めたるところを求めよ」
という言葉があります。
先達の成したことではなく、
志そうとしたものを
自らの志として継いでいけという教えです。

寝ながらできる足首の上下運動

健康法というと長続きしないものと思われる方も多いことでしょう。
そういう方にもってこいのものが、この足首の上下運動。
寝ころびながら足首を打ち付けるだけという、
いたってシンプルな健康法です。


まずは、そのやり方です。
運動をするに当たって直径6~10センチ、
長さ30センチほどの丸太とタオルを準備します。
丸太でなくても週刊誌を丸めるなど
足首に刺激が伝わるだけの硬さがあれば十分です。


丸太をタオルに巻き込み、床に起きます。
そして仰向けの姿勢で床に寝ころび、足首の部分を丸太の上に置き、
そのまま片足を上げて、足首を丸太に打ち付けるように上下させる。
ただそれだけの運動です。


姿勢は仰向けに寝ても上半身を起こしてもOK。
アキレス腱とふくらはぎのつなぎ目の部分を丸太の上に置き、
膝を伸ばしたままの状態で片足を
20~30センチほど上げて丸太の上に落とします。
その時大切なのは、スピードを落とさないということ。
ただ、アキレス腱は痛めると治りにくいので、
直接当たらないように気をつけます。


目安として右足を25回、次に左足を25回というように、
片足ずつまとまった数を行います。
両足合計で200回、300回と数を増やし、
最大で一日5、600回を1日1、2回を目途に続けたら理想です。


この運動を始められた方の中には便秘、痔、水虫、喘息、
冷え性、頭痛、アトピー性皮膚炎などが改善した人も多いとか。


 
では、その基本原理はどのようなものなのか。
心臓から出た血液は動脈を経て毛細血管へと流れ込み、
そこで体内に栄養を行き届かせます。
ところが毛細血管から細静脈に入った血液には、
心臓に戻るだけの十分な血圧がありません。
血液もまた重力の影響を受けてしまうのです。


その時に血液を戻す鍵を握るのが「筋ポンプ作用」
(筋肉の収縮が体の静脈血管を圧迫し、
心臓方向に還流させる働き)と呼ばれるものです。
足首上下運動でふくらはぎの筋肉部分をトントンと刺激することは、
筋肉のポンプ作用を活性化させることになるのです。



西式健康法西会本部長・西万二郎

老の三つの意味

“老”という文字には三つの意味がある。
一つは年をとる。
二つは練れる。
三つは“考”と通用して、
思索が深まり、完成するという意味だ。

老いるとは単に馬齢(ばれい)を加えることではない。
その間に経験を積み、思想を深め、
自己・人生を完成させてゆく努力の過程でなければならない。
これを“老計”という。

それには先(ま)ず学ぶことだ。
学問は年をとるほどよい。
百歳にもなっての学問は、実に深い味があろうと思う。
老いてボケるというのは学問しないからにすぎない。



by  安岡 正篤

PREP法

P:結論を示す(Point)
R:理由を述べる(Reason)
E:事例をあげる(Example)
P:結論を繰り返す(Point)
 

この順番で話をする。だからPREP法。

わかりやすい。これなら簡潔に言いたいことが伝わります。


ちなみにこの本では、「日頃から意識して要点を探し出す訓
練をする」ことを推奨しています。
会議のあと、一日が終わったあと、新聞を読んだあとなど、
日常生活のあらゆる場面で、「今見聞きしたものの中で、
最も重要なことはなんだったか」を考えるのです。

結論から述べるためには、
「15秒しかないとしたら、何を言うか」と考えてみるのも有効だそうです。

『まず「15秒」で一番言いたいことを言い切ってしまい、
その後、時間があるようならつけ加える、
という気持ちで話すと、自然とポイントが先に出ます。』

いいやり方だと思います。さっそく心がけてみようと思います。

PREP法は自分が話をするときだけでなく、
相手の話を受けるときにも使える、という指摘は目からウロコでした。


会話以外にも、ビジネス文書を書くときのテンプレートなどに使えますね。

シンプルなだけに応用範囲のひろいメソッドです。

 
『PREP法で簡単に身につく 論理的に「話す」技術』 より




言いたいことを15秒で言ってみよう!

一書の恩徳、萬玉に勝る

一日の学問 千載の宝

百年の富貴 一朝の塵

一書の恩徳 萬玉に勝る

一言の教訓 重きこと千金


このほど出版された越智正直氏の著書『男児志を立つ』に
この七言絶句が紹介されている。
鎌倉末期の禅僧・夢窓疎石の作である。

僅か一日の浅い学問であっても、
自分の身につけば永遠の実りとなって残るが、
百年の年月をかけて蓄積された大きな財産でも、
学問と違って僅かの間に灰燼に帰してしまう。

意義ある一冊の本から受ける恩徳は、
多くの宝玉よりも大きく、
師の一言の教訓の貴重さは千金の重さに匹敵する。

そういう意である。

鳥は飛ばねばならぬ、人は生きねばならぬ

     これが私の命題であり、信条です。
     酉年生まれの私には、
     自分の力で生きている鳥たちから
     いろいろのことを教えられました。

     だから、よく鳥に喩(たと)えます。
     私は自分を今日まで支えて詩を作らせ、
     この世に生かされてきた根本のものとして、
     次の3つのことを体につけています。

     「念ずれば花ひらく」(鳥の体)

     「二度とない人生だから」(右の翼)

     「めぐりあいのふしぎ」(左の翼)

     墜落しそうな時、
     もう駄目だと思う時、
     行く先に望みがなくなりそうな時、
     いつもこの3つの言葉に励まされ
     支えられてきました。



by 坂村 真民

やさしい人

『やさしい人は、考えるエネルギーのある人。
考えることと言葉をかけることと
行動することが出来る人である』
         


加藤諦三


『相手のために考えてあげる、
求めているものは何だろうと考えてあげる、
喜ぶものは何だろう、そう考える人がやさしい人だ』 



加藤諦三

朝食は食ったか

偉大な修業などというと、
どんな奇抜な人間離れしたことをすることかなどと思う間は、
まだ何もわかって居(お)らぬのである。

尋常日用の工夫に徹するのが大修業なのである。

大いに悟りを開こうと思って、
先(ま)ず佛(ほとけ)という偉大な者の
秘義をつかもうとあせって居る僧に、
趙州和尚(じょうしゅうおしょう・唐末の名禅僧)は答えた。

朝食は食ったか。
はい、いただきました。
食器をよくかたづけなさい、と。

運命を変える言葉

    真心のこもった感謝の言葉を
    いつも自然体で口にだせるようになりたいですね。
    それが運命をひらく鍵になるのではないかと思っています。


    人生は楽しまなきゃならない。
    でもそれは決して楽をすることではない。
    小指でちょちょいとできることをやっても誰も楽しくない。
    どうせやるなら難しいことを乗り越えてこそ、
    本当の楽しさが得られるのだと、
    そう考えたわけですね。
 

    私は優しさについてこう考えているのです。
    例えば、お腹が空いている人におにぎりをもっていってあげる。
    これは目に見える優しさです。
    でも私が考えるのは、その人が買うか作るかして、
    自分の力でおにぎりが食べられるようにしてあげることです。
    そのためには、ときに厳しいことも
    言わなくてはいけないし、叱ることもある。
    もっと言えば、私が死んだ後、
    あの人から受けた究極の優しさはこういうことだったんだって
    分かる心をつくってあげたいと思っています。

    
    運命を変えるには大きな努力なんて必要ないんです。
    必要なのは、日常の小さな習慣を
    積み重ねていくことだけなんですね。



『運命を変える言葉』(五日市剛 今野華都子・著)より

知識・見識・胆識


いつも申しますように、識にもいろいろあって、
単なる大脳皮質の作用に過ぎぬ薄っぺらな識は「知識」と言って、
これは本を読むだけでも、
学校へのらりくらり行っておるだけでも、出来る。

しかしこの人生、人間生活とはどういうものであるか、
或(あるい)はどういう風に生くべきであるか、
というような思慮・分別・判断というようなものは、
単なる知識では出て来ない。
そういう識を「見識」という。

しかし如何(いか)に見識があっても、
実行力、断行力がなければ何にもならない。
その見識を具体化させる識のことを「胆識(たんしき)」と申します。

けれども見識というものは、
本当に学問、先哲・先賢の学問をしないと、出て来ない。
更にそれを実際生活の場に於いて練らなければ、
胆識になりません。


今、名士と言われる人達は、
みな知識人なのだけれども、
どうも見識を持った人が少ない。
まだ見識を持った人は時折りあるが、
胆識の士に至ってはまことに寥々(りょうりょう)たるものです。
これが現代日本の大きな悩みの一つであります。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

財産が無くても誰でもできる七つの施し

 一は「眼施(げんせ)」──やさしいまなざし。



 二は「和顔悦色施(わがんえつじきせ)」──慈愛に溢れた笑顔で人に接する。



 三は「言辞施(げんじせ)」──あたたかい言葉。



 四は「身施(しんせ)」──自分の身体を使って人のために奉仕する。



 五は「心施(しんせ)」──思いやりの心を持つ。



 六は「床坐施(しょうざせ)」──自分の席を譲る。



 七は「房舎施(ぼうしゃぜ)」──宿を貸す。

よい経験

人生において一回目の失敗は失敗ではなく、
 
よい経験であるととらえて

同じことを繰り返さないことが大事です

4つの挑戦

1、厳しさに挑戦
2、時代の変化に挑戦
3、自己能力の限界に挑戦
4、疑問に挑戦

名人

野鍛冶(くわやかまを作る人)の名人に

名人と言われるようになるにはどうしたらいいかきいた。

その名人は答えた。

「他人の作品のすぐれた点が見えるようになることだ」

と答えたという。



人の描いた絵を見て、褒め喜び
すぐれた音楽に感心し、称える。
人間の本性でもあり、人の心の美しさである。


ところが、何かと人の欠点をあらさがしし
善を悪としてそしりたがる人もないではない。
そんな人を見ていると憎むというより情けなくなりますね。



人の短所を探す名人は、
自分の進歩もなければ部下を伸ばすこともできない。

人の長所を見いだせる人は、
自分も伸びれば部下も伸ばすことができるものである。

順逆時の心構え

冬日の閉凍や固からずば、

即ち春夏の草木を長ずるや茂からず



韓非子


冬の間の大地の凍り具合が固くなければ
春から夏にかけての草木の成長はよくなく
茂るまでにはならない。

何にでも盛んな時と衰える時期があり
衰える時期に力を貯えて備えていないと
盛んになる時期での実りはのぞめないものである。

人生旅の如し

人がこの世を渡るのは
あたかも旅をするようなもので
旅の途中には
険しいところ、平坦な所がある
また晴れる日もあれば雨の日もあるが
これを避けるわけにはいかぬない。

ただ、その場所、時に従って
日程を緩めたり、早めたりすることである。

あまり急いで災難にあってはならないし
また、ゆっくりしすぎて、
期日に遅れるようでもいけない
これが旅の心得でもあるし、世渡りのコツでもある。



言志後録



諺に「早く来たのは、うまく来たのに及ばない」というのがある。

また「志ある男子は一年を大事にし、賢い人は一日にし、
聖人は一時を大切にする」ともいう。




不意に急ぐのは要注意である

清濁合わせ飲む

汚い肥しを蒔いた畑には作物がよく育つ

キレイ過ぎる水には魚は棲まない


これは人間も同じで

あまり清潔すぎるとかえって人の親しまれない

清濁合わせ飲む度量の大きさが必要なのだ



菜根譚

創意と工夫

どんな人でも何か人のために
    できやせんかという、
    その辺が一番大事ですな。
    それがその人を生かすんです。

    人のためにしようと思ったら、
    必ず目に見えない力が出てきて助けてくれる。
    それがおかげですね。

    お釈迦さんは亡くなる時に、
    
    「すべてのものは
     うつりゆく
     おこたらず
     つとめよ」
    
    といって亡くなられた。
    お釈迦さんは人にできんことをいわれたんじゃない。
    やろうと思えば誰でもできることです。
  
    しかし、これが難しい。
    怠らず努める。
    一事貫行です。

    僕はお釈迦さんの言葉が好きでしてね。
    この言葉通りの人生を
    これからも歩んでいこうと思います。



坂村 真民

志あるを要す、恒あるを要す、識あるを要す(曾国藩)

学問には、「志あるを要す、恒あるを要す、識あるを要す」と。
これは中国の有名な曾国藩という人の家訓にある言葉でな。

「志あるを要す」は、例えば人が歩くとき、
どちらの方に歩くかという方向を決めずに歩くことは不可能だ。
まず、自分はどっちに行こうとしているのかを決めるのが肝心。
 
「恒あるを要す」は、何でも持続せないかんということ。
いっぺんやったら事が済んだと思うたらあかんのです。
同じ事を繰り返してやる。ぼくは書物を読むとき、
重要なこと、いいなと思うことは書きながら読む。
そして読み終わったときに書いた紙を見て復元してみるわけです。
それを2~3回やると、ほんまのことを覚える。
読んだことを自分の身につけるためには、
繰り返さないといかん。
そして要約して肝心要のことは頭の中に打ち込んでおく。
すると、後でその見出しの部分を打てば、
ある程度ぱっと広がって内容が出てくる。これが大事なんです。
 
それから「識あるを要す」。価値判断ができなければね。
愚にもつかんようなことを一所懸命覚えても何にもならん。
知識は断片的では役に立たんのです。
1つの面積、できれば立体的、構造的になるのがよろしい。
 
「識あるを要す」というのは単に分別するということではなくて、
自分の持っている過去の体系の中に、
それをどのように組み込むかということなんです。
単なる部分では消えてしまうが、
全体の中の部分であれば。忘れることがない。

 


by 白川 静(立命館大学名誉教授)

他人からの評価に一喜一憂しない

人間は、とかく高い地位にある人のことを尊敬する

それは彼らが豪華な服装や装飾品を身につけているからだ

逆に地位の低い人を馬鹿にするが

それはその人が粗末な服飾を身につけているからだ

つまり、人間というものは、

人格や本質を見て評価しているわけではなく

単に外見で人を判断しているにすぎない

だから他人の評価に一喜一憂することはない



菜根譚

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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