日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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─『女性のための「修身教授録」』より─

「人間の修養の眼目は、これを内面からいえば、
 心を浄(きよ)めるということであり、
 これを現われたところから申せば、
 まず言葉を慎むということが、
 その中心をなすといってもよいでしょう」



「あなた方は、静かに、しかもすっきりと歩くようにと、
 常に気をつけることが大切でしょう。
 その人の歩行がバタバタと慌ただしいのは、
 結局はその人の心がガサガサしている証拠であります。
 
 同時にまた歩行を静かにするということは、
 逆に心を静かに保つゆえんでもありまして、
 歩行をすっきりさせるには、
 どうしてもまずその心をすっきりさせなければなりません」



「そもそも人間の『気品』というものは、
 いわばその人の背後から射(さ)してくる
 後光みたいなものでありまして、
 それは結局その人が他人の見ていないところで、
 どれほど自己を慎むかどうか、
 その程度によって光の射し方が違ってくるわけであります」



「現在自分の受けつつある不幸を、
 単に自分ひとりが嘗(な)めさせられていると考えるか、
 それともこうした不幸によって、
 自分の甘え心を取り去るために
 神の深い計らいが働いていると気づくかにより、
 その人の一生にとって、
 実に大きな分かれ目になると思うのであります」



「実際女性としての真価は、
 ある意味ではその人のたしなみいかんによって
 決まると申してもよいでしょう」



「子どもにとっては母親は絶対ですから、
 したがって良きも悪しきも、
 子どもはそのすべてを母親に学ぶところからくるわけでしょう。
 
 かくして今あなた方について申すとすれば、
 現在あなた方の一挙一動は、
 そのまま未来のあなた方の子どもの中へ
 種子として蒔(ま)かれつつあるといってもよいでしょう」



「苦労のどん底にありながら、
 そこに人生の教訓の泉を掘り当てるまで、
 全力をあげてこれと当面していかねばなりません。
 そうすることによって、初めてわたくしたちは、
 まずは一人前の人間になれるというわけでしょう」



─『女性のための「修身教授録」』より─
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六然

自処超然(自ら処すること超然)
自分自信に関してはいっこう物に
  とらわれないようにする。

処人藹然(人に処することあい然)
人に接して相手を楽しませ心地良くさせる。

有事斬然(有事には斬然ザンゼン)
事があるときはぐずぐすしないで活発にやる。

無事澄然(無事には澄然チョウゼン)
事なきときは水のように澄んだ気でおる。

得意澹然(得意にはたん然)
得意なときは淡々とあっさりしておる。


安岡 正篤

失意泰然(失意には泰然)
失意のときは泰然自若

しあわせ

「幸せ」は目の前にある「日常」であり、
それを「幸せ」と“感じる”心があるかどうか。
事実や現象は何も変わっていない。
「見方が変われば自分が変わる。
見方が変われば世界が変わる」。

人生信條

自分が求めるものに一途になっていると、

「縁がほしい」「運がほしい」などと言わなくても

自然とそういうものに触れ合います



板橋興宗(御誕生寺住職)

人に対して悪感情3

  『あなたを怒らせるのは人のせいではありません。
   あなたのその人に対する反応のせいなのです』 


R・コンクリン

人に対する悪感情2

『ぼくは、不愉快な印象を持った相手ほど気にかける。
   なぜ不愉快になったのか。相手のどんな言葉や行動が気に障ったのか。
   同じことを自分もしていないかと考えてみる』 



弘兼憲史

人に対する悪感情1

『相手の欠点が苦になる、気になる、イヤでたまらない、
   悪評をしたくなる……というようなときには、まずまちがいなく、
   その欠点が自分自身にあるのである』 



櫻木健古

聞・思・習

聞・思・習自己とは何か?
無明からの解脱とはなにか?
試行錯誤する中で、始まりが見えてきたようだ。


①学問的探求(聞)・・・・学ぶこと(耳から聞くこと)
②哲学的考察(思)・・・・学んだこと、習ったことを整理して
             自分に合ったものを選ぶこと
③瞑想的修行(修)・・・・繰り返し、繰り返し、習うこと

吉田 松陰 語録その1

※「男児たるものどう生き、どう死ねばよいのか」という問いに対して。

  (死んでも志が残るものであれば、いつでも死ねばよい。
   生きて大事を為せるならば、いつまでも生きてそれをやればよい)
 

勉強とは

「勉強」というのは「強いて勉める」ということ

つまり、「できそうもないことをやる」という意味がある


進化とは

①昔から祖先から伝わる伝統を受け継ぎ

②それを子どもたちに伝えるということと

③環境の変化に順応すること

④そしてその環境の厳しさが去るのをじっと耐えて待つ

『こめ』の語源?

・・・おと

・・・おと


男と女ということで、そこで生命という意味が含まれているのではないかと思われますね


のちの「」である

いね」からとれたものを

『いのち』の根源として、

昔の人は「こめ」と称えたのですね

自己教育

自己教育とは、自分の関心のある学問を主体的に継続すること。

似たような言葉に、自己学習・独学、があるが、
これらは自己教育とは似て非なるものである。

自己学習は「スキル目的のもの」で、松陰の言うところの「学」ではない。

また独学との違いは、
「行き詰ったときに質問にいける先生がいるかどうか」だ、ということである。

さらに、「同じ訊きにいくなら一流の人に訊け。
一流の人は決して門前払いしない。」

心に太陽を持て

心に太陽を持て

あらしがふこうが ふぶきがこようが

天には黒くも 地には争いが絶えなかろうと

いつも 心に太陽を持て



唇に歌を持て

軽くほがらかに

自分のつとめ 自分のくらしに よしや苦労が絶えなかろうと

いつも唇に歌を持て



苦しんでいる人 悩んでいる人には こう はげましてやろう

「勇気を失うな 唇に歌を持て 心に太陽を持て」



ツェーザル・フライシュレン(訳 山本有三)

自修自立

 理想精神を養い、信ずるところに従って生きようとしても、
 なかなか人は理解してくれないし、
 いわゆる下流だの凡庸(ぼんよう)だのという連中は
 往々(おうおう)にして反感を持ったり、軽蔑したりする。

 そういう環境の抵抗に対して、
 人間が出来ていないと、
 情けないほど自主性・自立性がなくって、
 外の力に支配される。

 けれども本当に学び、自ら修めれば、
 そして自らに反(かえ)って、立つところ、養うところがあると、
 初めてそれを克服していくことができる。



安岡 正篤

僕を支えた 母の言葉

僕が3歳の時 父が亡くなり
その後は母が 女手ひとつで 僕を育ててくれた

仕事から帰ってきた母は 疲れた顔を見せずに 晩ごはんをつくり
晩ごはんを食べた後は 内職をした
毎晩遅くまでやっていた

母が頑張ってくれていることは よくわかったいた
だけど僕には不満もいっぱいあった

僕が学校から帰ってきても 家には誰もいない
夜は夜で母は遅くまで内職
そんなに働いているのに わが家は裕福じゃなかった

遊園地にも 連れて行ってもらえない
ゲームセンターで遊ぶだけの 小遣いももらえない
テレビが壊れた時も 半年間買ってもらえなかった

僕はいつしか 母にきつく当たるようになった

「おい」とか 「うるせー」とか なまいきな言葉を吐いた
「ばばあ」と 呼んだこともあった

それでも母は こんな僕のために 頑張って働いてくれた

そして 僕にはいつもやさしかった

小学校6年のとき はじめて運動会に来てくれた
運動神経が鈍い僕は かけっこでビリだった
悔しかった

家に帰ってきて母はこう言った

「かけっこの順番なんて気にしなくていい おまえは素晴らしいんだから」

だけど僕の悔しさは ちっともおさまらなかった

僕は学校の勉強も苦手だった
成績も最悪
自分でも劣等感を感じていた

だけど母は 
テストの点や通知表を見るたびに やっぱりこう言った

「大丈夫 おまえは素晴らしいんだから」

僕には なんの説得力も 感じられなかった

母に食ってかかったこともあった
「何が素晴らしいんだよ!? どうせ俺はダメな人間だよ」

それでも母は 自信満々の笑顔で言った

「いつかわかる時が来るよ おまえは素晴らしいんだから」

僕は中学2年生になったころから
仲間たちとタバコを吸うようになった
万引きもした
他の学校の生徒とケンカもした

母は何度も学校や警察に 呼び出された
いつも頭を下げて
「ご迷惑をかけて申し訳ありません」 とあやまっていた

ある日のこと 僕は校内で ちょっとした事件を起こした
母は仕事を抜けて 学校にやって来て いつものようにあやまった

教頭先生が言った
「お子さんがこんなに”悪い子”になったのは ご家庭にも原因 があるのではないでしょうか」

その瞬間 母の表情が変わった

母は 明らかに怒った眼で 教頭先生をにらみつけ きっぱりと言った

「この子は悪い子ではありません」

その迫力に驚いた教頭先生は 言葉を失った

母は続けた

「この子のやったことは間違っています
 親の私にも責任があります
 ですがこの子は
 悪い子ではありません」

僕は 思いきりビンタをくらったような そんな衝撃を受けた
僕は わいてくる涙を抑えるのに 必死だった

母は こんな僕のことを
本当に素晴らしい人間だと思っていてくれていたんだ・・・
あとで隠れて ひとりで泣いた

翌日から僕はタバコをやめた
万引きもやめた
仲間たちからも抜けた

その後
中学校を卒業した僕は高校に入ったが 肌が合わなくて中退した
そして仕事に就いた

そのときも母はこう言ってくれた

「大丈夫 おまえは素晴らしいんだから」

僕は心に誓った
「これから僕が頑張って お母さんに楽してもらうぞ」

だけどなかなか仕事を 覚えられなくて よく怒鳴られた
「何度同じことを言わせるんだ!」
「すこしは頭を働かせろ!」
「おまえはほんとにダメなやつだな!」

怒鳴られるたびに 落ち込んだけど
そんなとき 僕の心には 母の声が聞こえてきた

「大丈夫 おまえは素晴らしいんだから」

この言葉を何度もかみしめた
そうすると 元気がわいてきた
勇気もわいてきた

「いつかきっと 僕自身の素晴らしさを証明して お母さんに見せたい」

そう考えると 僕はどこまでも頑張れた

仕事を始めて 半年くらい経ったときのことだ
仕事を終えて帰ろうとしていたら 社長がとんできて言った

「お母さんの事故にあわれたそうだ すぐ病院に行きなさい」

病院に着いたとき 母の顔には白い布がかかっていた

僕はわけがわからなくて 何度も「おかあさん!」と叫びながら ただただ泣き続けた

僕のために 身を粉にして働いてくれた母

縫いものの内職をしているときの 母の丸くなった背中を思い出した
母は何を楽しみにして 頑張ってくれてたんだろう?

これから親孝行できると 思っていたのに
これから楽させてあげられると 思っていたのに

葬式のあとで 親戚から聞いた

母が実の母ではなかったことを

実母は僕を産んだときに 亡くなったらしい
母はそのことをいつか僕に 言うつもりだったんだろう

もしそうなったら 僕はこう伝えたかった

「血はつながっていなくても お母さんは僕のお母さんだよ」

あれから月日が流れ僕は35歳になった
今あらためて 母にメッセージを送りたい

お母さん

僕とは 血がつながっていなかったんだね

そんな僕のために お母さんは 昼も夜も働いてくれたね
そして お母さんはいつも 言ってくれた

「おまえは素晴らしいんだから」って

その言葉が どんなに僕を救ってくれたか
どんなに僕を支えてくれたか

あれから僕なりに成長し 今は結婚して子どももいるよ

規模は小さいけど 会社の社長になって
社員たちと楽しくやっているよ

まだまだ未熟な僕だけど 僕なりに成長してきたと思う
その成長した姿を お母さんに見せたかったよ

「おまえは素晴らしい」 って言ってくれたお母さん

その言葉は間違っていなかった っていう証拠を見せたかった
そしてそれを見せられないことが 残念でならなかった

だけど最近きづいたんだ

お母さんは最初から 僕の素晴らしさを 見てくれてたんだよね

証拠なんてなくても 心の目でちゃんと 見てくれてたんだよね

だってお母さんが 「おまえは素晴らしいんだから」 って言うときは

まったく迷いがなかったから

お母さんの顔は確信に満ちていたから

僕も今 社員たちと接していて
ついつい その社員の悪いところばかりに 目が行ってしまうことがある
ついつい怒鳴ってしまうこともある
だけどお母さんの言葉を思い出して
心の目でその社員の素晴らしさを 見直すようにしてるんだ

そして心を込めて言うようにしている
「きみは素晴らしい」って

おかげで 社員たちともいい関係を築け 楽しく仕事をしているよ

これもお母さんのおかげです



お母さん

血はつながっていなくても
僕の本当のお母さん


ありがとう




この話は、私の知人の話を、若干ストーリーを変えてムービーにしたものです。
拙著「心眼力 柔らかく燃えて生きる30の知恵」の発売記念ムービーとして、
ご本人の了解を得て製作しました。
何かを感じ取っていただけたら幸いです。
                           2008年11月 野口嘉則

宮本武蔵式記憶法

かまえにとらわれるな、


敵を倒すことのみ考えよ

人生は心がけと努力

 人間はできるだけ早くから、
 良き師、良き友を持ち、良き書を読み、
 ひそかに自ら省み、自ら修めることである。


 
人生は心がけと努力次第である。

教えるという言葉の語源

教えるという葉の語源は

愛しむ(おしむ)

つまり

愛すること

何かを続けることでしか、自信は身につかない



1、何をしないか決めること

2、言い訳をしない

3、必ず毎日毎日実行する

4、自分は選ばれた特別な存在だと信じること

新任校長は90歳の信条

確かに言えることは、信條を持つためには
        勤勉でなきゃいかんということです。

        勤勉の心構えと実践なしに、
        信條というものは
        生まれてこないように思われます。



            岡本武男(穎明館中学・高等学校長)

偏聴

指導者たるもの、部下や他者から意見を聴くことが大事である

しかし、聴けばいいかといえば

そうではない

大切なことは聴き方である


誰から

何を

どのように



聴くかである

吉田松陰先生の教育力

五つのポイント

一、 松陰は、教育とは、人間として、現代人として目ざめる規約を塾生に提供することであり、自己教育を徹底的に進めうる気力と勇気、さらには、その方法と自信をあたえることであると考えていた。教育とは、徹頭徹尾、塾生一人一人が自分に対して課するものでなくてはならないとも考えていた。その根底には、人間はなにかのきっかけで目覚め、十二分に自己教育をやっていくなら、だれでもすばらしい人間になりうる、という信仰に似た確信があった。

二、 塾生の学問への志、そして学問を通してつかんだ見解を実践していこうとする勇気と気力を強め、深めることに、松陰は教育の主眼をおいた。ただ意見を吐くだけで、少しもそれを実行しようとせず、身の危険を感じると平気でその意見すらも変える学者を、松陰は軽蔑し、憎悪した。みずからの思想に責任を持ち、それを実践していく人間になることを求める松陰の教育は、おのずと厳しいものになる。

三、 人間には、それぞれ、特色があり、その特色を伸ばしていけば、だれでも、容易にその能力をすぐれたものにできるということを松陰は知っていた。長所と向き合うとき、人は、その短所と取り組むときと違って、自信と希望が持てるものだということを、彼は知り抜いていた。だから、彼は塾生一人一人の長所を見抜き、それを伸ばしていくことで、その短所を覆っていったのである。今日の教育のように、あれもしてはいけない、これもしてはいけないという禁止教育ではなく、積極的に行動させる教育であった。塾生が生き生きしてくるのは当然である。

四、 塾生をつきはなし、ときには死地に追いやるという、最も苛酷な状況に放りこんだのが松陰の教育であった。脱藩という、君主と親を捨てるということを、彼は全塾生に求めた。忠孝を最も重しと見た封建時代にあって、またその批判を決して許さなかった当事にあって、彼は、それを一度自分でつきはなして考えてみることを求めたのである。

五、 松陰は塾生たちの前に、死んでみせた。自らの教育の完成のために、結実のために、時代の課題に最も鋭く対決することによって死んでいくのである。みずからの死という実物教育によって、塾生の心にいかに生くべきかということを叩き込んだ。塾生がつかみとってくれるように念じながら、松陰は死んでいったというほうが正確である。それこそ、彼は、教育とは自己教育以外にないと思っていたから、そう考えるしかなかった。まさに、生死をかけた教育、壮烈な教育としかいいようがないものである。だからこそ、塾生一人一人の中に、自己変革を起こし、ほとんど不可能に見えた幕府権力をも倒す原動力となった人々を育成したのである。

人間のプロになれ


■前立腺がんの告知
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

医師から「前立腺がん」の宣告を受けたのは、
11年前のことになる。

プロゴルファーとして40年目を迎えた年だった。

すぐにも手術が必要だと言われたが、
休めば一から体づくりをしなければならない。
60歳を迎えていた私にそんな時間はなかった。

手術を拒否して投薬治療をすることに決め、
食事も健康食に切り替えた。
さらに、短時間の運動で大きな効果が得られる
加圧トレーニングを開始し、
この体でやれるところまでやってやろうと決めた。

投薬をしながらではあるが、
71のいまもおかげさまで現役を続けている。
国内では通算54勝の戦績を収め、
気がつけば永久シード権を持つ
現役最年長のプロゴルファーになっていた。

一昨年には、つるやゴルフオープントーナメントの予選を通過し、
結果的にそれは米国のサム・スニード選手が残した
レギュラーツアーでの世界最年長記録を上回るものとなった。

決して満足な結果を残せているわけではないが、
試合に出る以上は目標を持ち、
どこまでもそれに挑戦していきたいと感じている。


私がゴルフを始めたのは小学校五5の時、
キャディーのアルバイトをしたことがきっかけだった。

そのバイトは中学校に上がってからも続け、
土曜の午後と日曜になると、たいていゴルフ場へ足を運んだ。
卒業する頃にはプロになれればいいなと思ったが、
いまのように養成所があるわけではない。
ゴルフ場で選手の近くにいるのが一番勉強になるだろうと思い、
洗濯係などもしながらプロになる道を探っていた。

私のことを「練習の虫」と言う人がよくいるが、
20歳でプロテストに合格してからも、
練習量はまるで足りなかったと思う。

ただ、私は試合で負けた人たちすべてを、
自分のライバルだと考えていた。
またゴルフ界に限らず、世の中で活躍している人であれば、
誰もがワンサイド・ライバル──
つまり、こちらで勝手にライバルだと決めて、
決して負けないつもりで生きてきた。


■人間の使命
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ゴルフにおける勝者は一つの試合にたった一人しかいない。
だからこそ、無数の負けとどう向き合うか、
また悲観的な状況にあっても、決して腐らず
一所懸命に取り組むことが大切になってくるのである。

そのことを私に教えてくれたのは、
オーストラリアのグラハム・マーシュという選手だった。
彼はもともとゴルフが下手で、
しばらくして日本ツアーに参戦できるようになったものの、
プレーの運び方が非常に鈍く、
他の選手やギャラリーたちをいつも苛々させていた。

約30年前に名古屋で開催された
中日クラウンズで彼と一緒に回った時、
初日、二日目とも成績は振るわず、
彼も私も予選落ちは確定と言える状態だった。

しかしマーシュは懸命だった。

18番ホールのグリーン上で、
入ろうが入るまいが大した意味のないパーパットを沈めようと、
彼は入念に芝目を読んでいたのである。

一方、勝ち目のない試合だと踏んでいた私は、
彼のプレーを苛立ちながら眺めていた。

しかしそのパーパットを着実に沈めたマーシュは、
翌週ぐんぐんと調子を上げ、
予選を通過するどころか、
見事優勝を決めてしまったのである。

その日の調子が良かろうが悪かろうが、
目の前にある一打一打を一所懸命に打たなければいけない、
常にベストを尽くさなければいけないと教わった出来事だった。

ゴルフは努力をしさえすればいい結果が
得られるものではないが、
どんな時でも一所懸命に取り組んでいないと、
よい結果には繋がりにくい。
その時その時において常にベストを求められるのは、
人生においても全く同じではないだろうか。

思えば小学校の頃からゴルフの世界に携わらせていただき、
いろいろな方にお世話になった。
昔はいまのように試合数が多くなく、
出場したくてもできなかったことがたくさんあった。

いまの若いプロゴルファーの多くは、
小さな頃から自分のクラブを与えられ、
試合に出られることも、練習をさせてもらえることも
当然のように思っている。

もっとも、私自身も気がつくのが遅かったが、
誰のおかげでゴルフをしていられるのかと考えた時、
私は試合後にお世話になったスポンサーや
コースの支配人宛に礼状を出すことにした。
40歳を過ぎた頃だっただろうか。

私は人は皆、生まれた時から“人間のプロ”になる
という使命を担っているのではないかと考えている。

人間であれば心があるのだから、
挨拶もするし、相手への思いやりも当然持つことだろう。
何も特別なことは必要なく、
当たり前のことを当たり前にできるようになれば、
その人は人間として立派なプロなのだ。

ゴルフに限らず、その世界の上位クラスで
活躍をする人は一流の素質か、
それに近いものを持っている。
しかし人間として一流でなければ、
その人の値打ちは半分以下になってしまう。

人間のプロ──。
病気や年齢の壁に立ち向かい、
自らに挑み続けることもその条件の一つであると思う。


(すぎはら・てるお=プロゴルファー)

プロの条件


あなたはプロの条件を満たしているだろうか
満たすべく努力をしているだろうか。

職業のジャンルを問わない。
仕事をすることによって報酬を得ている人は、
そのことによって、すでにプロである。
また、プロでなければならないはずである。
しかし現実にはプロとしての仕事の仕方をしていない人が
相当数いることも事実である。

プロとアマとの違いは何だろうか。

プロとアマの違いを考えてみよう。

それは次の四つに集約されるのではないか。



第一は、プロは

「自分で高い目標を立てられる人」だということである。

自分なりにほどほどにやれればいい、この程度でいいだろうと、
目標をできるだけ低く設定しようとするのがアマである。
プロは違う。プロは自分で高い目標を立て、
その目標に責任を持って挑戦していこうとする意欲を持っている。

第二は

「約束を守る」ということだ。

約束を守るというのは、成果を出すということである。
自分に与えられた報酬にふさわしい成果をきっちりと出せる人、
それがプロである。
成果を出せなくてもなんのつうよう痛痒も感じず、
やれなかった弁解を繰り返してやり過ごそうとする者がいる。
アマの典型である。

第三は

「準備をする」。

プロは「絶対に成功する」という責任を自分に課している。
絶対に成功するためには徹底して準備をする。準備に準備を重ねる。
自分を鍛えに鍛える。そうして勝負の場に挑むから、プロは成功するのである。
アマは素晴らしい準備をほとんどせず、まあ、うまくいけば勝てるだろうと、
安易な気持ちで勝負に挑む。
この差が勝敗の差となって表れてくるのである。
表現を変えれば、プロは寝てもさめても考えている人である。
起きている時間だけではない、寝ても夢の中にまで出てくる。
それがプロである。少しは考えるが、
すぐに他のことに気をとられて忘れてしまうのがアマのつうへい通弊である。

第四は、

これこそプロとアマを分ける決定要因である。
プロになるためには欠かせない絶対必要条件だといえる。それは…

プロは

「進んで代償を支払おうという気持ちを持っている」ということだ。

プロであるためには高い能力が不可欠である。
その高い能力を獲得するためには、時間とお金と労力を惜しまない。
犠牲をいとわない。代償を悔いない。それがプロである。
犠牲をけちり代償を渋り、
自己投資を怠る人は絶対にプロになれないことは自明の理であろう。

最後に一流といわれるプロに共通した条件をあげる。
それは「神は努力する者に必ず報いる、と心から信じている」
ということである。

不平や不満はそれにふさわしい現実しか呼び寄せないことを知り、
感謝と報恩の心で生きようとする、
それが“一流プロ”に共通した条件であることを付言しておきたい。

さて、あなたはこれらの条件を満たしているだろうか、
満たすべく努力をしているだろうか。


『致知』編集発行人  藤尾 秀昭

素心規

一、禍か福か、福か禍か、人間の私心でわかるものではない。
   長い目で見て、正義を守り、陰徳を積まう。

二、窮困に処するもど快活にしよう。窮すれば通ずる、
   又通ぜしめるのが、自然と人生の心理であり教えである。

三、乱世ほど余裕が大切である。余裕は心を養ふより生ずる。
   風雅を却つてこの処に存する。

四、世俗の交は心を傷めることが少なくない、良き師友を得て、
   素心を心がけよう。

五、世事に忙しい間にも、寸暇を愉しんで、書を読み道を学び、
  心胸を開拓しよう。

六、祖国と同胞の為に相共に感激を以て微力を尽さう。

   

人生には、上手く行く時もあれば

逆に失敗する時もある

当選するときもあれば落選するときもある

恋愛するときもあれば離婚するときもある

生きていれば、

良いこともあるし、悪いこともある。

そして、世の中には、

あなたを信頼して協力してくれる人もいれば、

あなたを騙そうとする人もいます。

その中で、一番大切なのは、

自分自身の中に何事にも流されない

一本の動かない、ぶれない心をもって、

素直な心を守り通すことなのです。

そうすることで、

信頼できる人と出会え、

素晴らしいチャンスに恵まれると言われています。

人間の心はもともと良いものなのだから、

善とか悪とか身構えず、

自然体の[純心な心]を一点だけもとうという教えです。

福沢諭吉の3つの教訓

一、箸の上げ下げにも注意せよ



二、一度悪いことをしたら、一度地獄に行く



三、役人などと結託して商売するな



一の教訓は、世の中に処していくには
時事物々について注意しなくてはならない。
些細なことであっても呆然としていてはならない。

朝晩の箸の上げ下げにも注意を払うというくらいでおれば、
間違いを生じないばかりか、
ますます人間も向上していくものだ、という教えです。




二については、品行について非常に厳格な意見を
持っておられた福澤先生ならではの教訓で、
これは、意志堅固でなくてはならないことと、
自尊心を奮起させる金言です。




三は、独立自尊の精神を説く教訓です。
とにかく人が世に立つにはどうしても独立の気概を持ち、
他人の世話にならない覚悟でなくてはならないということです。



この教訓の影響で、森村の人間は
お役人や政治家に頼ろうという依存心がなく、
非常に独立心に富んでいます。

正しい『考え方』

つねに前向きで、建設的であること
みんなと一緒に仕事をしようと考える協調性を持っていること
明るい『おもい』を抱いていること
肯定的であること
善意に満ち溢れていること
思いやりがあって、優しいこと
真面目で、正直で、謙虚で、努力家であること
利己的ではなく、強欲ではないこと
『足るを知る』心を持っていること
そして、感謝の『こころ』を持っていること

純粋で強烈な『おもい』

汚れた人間が敗北を畏れて
踏み込もうとしない場所にも

清らかな人間は
平気で足を踏み入れ

いとも簡単に勝利を手にしてしまうことが
少なくありません

なぜならば、清らかな人間は
いつも自分のエネルギーを

より穏やかな『こころ』と
より明確で
より強力な
目的意識によって
導いているからです

いい仕事をするために必要不可欠なこと

一、細部まで注意を払うこと

一、理屈より経験を重視すること

一、地道な作業を続けることを厭わない

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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