日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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【人間の不幸】

何ものにも真剣になれず、
したがって、何事にも
己(おのれ)を忘れることができない。

満足することができない、
楽しむことができない。

したがって、常に不平を抱き、
不満を持って何か陰口を叩(たた)いたり、
やけのようなことを言って、

その日その日をいかにも雑然、
漫然と暮らすということは、
人間として一種の自殺行為です。

社会にとっても非常に有害です。
毒であります。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)
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任天

人生には富貴の時もあろうし、貧賤の時もありましょうし、
  いろんな出来事にぶつかるけれども、
  そこからあまり無理をして抜け出そうとするのではなく、
  その時々の天理に従って進んでいく。
  何が起こるかは天に任せていくことです。



伊與田 覺

 鈍刀を磨く

 鈍刀をいくら磨いても

 無駄なことだというが 

 何もそんな言葉に

 耳を貸す必要はない

 せっせと磨くのだ

 刀は光らないかもしれないが

 磨く本人が変わってくる

 磨く本人を光るものにしてくれるのだ。



      坂村真民 詩集「念ずれば花ひらく」より

日々是好日

過去を悔いず

未来を夢見ず

積極的に

今日を生きることができれば

毎日が

最高の日になる

自得

人間は自得から出発しなければならない

人間いろんなものを失うが

何が一番失いやすいかといいますと

自己である

根本的本質的にいうと

人間はまず自己を得なければならない




安岡 正篤



老子に

『人を知るものは知者にすぎない

自分を知ることが最上の明なのだ』とある

ブスの25箇条          

・笑顔がない


・お礼を言わない


・おいしいと言わない


・目が輝いていない


・精気がない


・いつも口がへの字の形をしている


・自信がない


・希望や信念がない


・自分がブスであることを知らない


・声が小さくイジケている


・自分が最も正しいと信じ込んでいる


・グチをこぼす


・他人をうらむ


・責任転嫁がうまい


・いつも周囲が悪いと思っている


・他人にシットする


・他人につくさない


・他人を信じない


・謙虚さがなくゴウマンである


・人のアドバイスや忠告を受け入れない


・なんでもないことにキズつく


・悲観的に物事を考える


・問題意識を持っていない


・存在自体が周囲を暗くする


・人生においても仕事においても意欲がない



「こうするとブスになる」


という、この25の戒めは、
何も女性だけを対象としたものではなく、
人間としてのあるべき姿を
逆説的に示したものではないかと思います。

そして延いてはそれが人から愛され、
運を呼び込むための資質といえるのではないでしょうか。

【進歩の源泉】

【進歩の源泉】

人間の進歩というものは、
偉大なる発明発見でも悟りでも、
すべてインスピレーションとか
感動から始まる。

ただし感動するためには、
我々の心の中に感受性がなければならない。

感受性というものは、
自分が充実しなければ出てこない。
放心したり、
自分が自分を忘れていたら、
これはあるわけがない。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

三配り

1.目配り:注意をゆきとどかせて見て聞いて、

それらの1つひとつから本質を見極めること



2.気配り:目配りで感じとった本質から、

何をしてあげればいいかを配慮すること



3.心配り:気配りで感じた配慮を、

実際に行動であらわすこと



躾の3か条

第1、朝必ず親にあいさつをする子にすること 
第2、親に呼ばれたら必ず「ハイ」と
   はっきり返事のできる子にすること
第3、履物を脱いだら必ずそろえ、
   席を立ったら必ずイスを入れる子にすること

「平凡な、分かり切ったことと思われるかも知れませんが、
そこに実に深い意味があるのです。
 
朝の挨拶によって前向きな姿勢が、
『ハイ』という返事で素直さが養われます。

そして履物を揃え、イスを
入れる習慣を身につけることで、
人生でも仕事でも大切な、後始末のしっかりできる子になるのです」



さらに、

「心得ておかなければならないのは、
躾はお説教では決して身につかないということです」
まず親が模範を見せることの大切さを


森師が説かれていたとも付け加えておきます。 

神社に行く

いま自分の人生に与えられているものに感謝できない人は、
次に大きなギフトをもらっても感謝できないと思います。
だから神様は与えることをやめるのです。

逆にいまの人生に感謝できる人は、
もっと大きなギフトを与えたら
もっと喜んでくれるだろうと、
神様から次々ギフトが贈られてくる。

そうすると、その人の人生はずっと発展繁栄し続けていく。



         和田裕美(ペリエ代表取締役)


人間は落ち込んだり、イライラしたりしている時、
感謝の心が薄れていることが多いと言って、

「神社で神様の前に立つと、素直に
“ありがとうございます”
と頭を下げることができます」



         和田裕美(ペリエ代表取締役)

【「知」と「行」】

【「知」と「行」】

「知は行の始めなり。行は知の成るなり」
という王陽明の説明がある。

「知」というものは行ないの始めである。
「行」というものは「知」の完成である。

これが一つの大きな循環関係をなすものである。

知から始まるとすれば、
行は知の完成、

そしてこれは行の始めが知だから、
知というものは循環するわけです。

本当に知れば知るほど
それは立派な行ないになってくる。
知が深くなれば行ないがまた尊くなる。



『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)





人間としての成功とは

人間としての成功とは

自分の使命を全うすることにあって

富や地位を得るといった世俗的な成功は

本当の成功とはいわない

自らの使命に沿った生き方をしてはじめて

本当の生きがいや幸せを得ることができるのだ



松下 幸之助

【「成る」と「為す」】

【「成る」と「為す」】

「やれるだけやる。
 そして成る様にしか成らぬ」。

成るということの中に
為(な)すということがあり、

為すということの中に
成るということがある。

成るということは為すということ、
為すということは成るということが分れば、
命を知るというものだ。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

論理の5つの基本ルール

1.論理の基本単位は、
単語ではなく主語・述語で組み上げるメッセージである

2.メッセージを組み上げる基本構造には、
「演繹」と「帰納」という2つの方法がある

3.上位のメッセージと、それをサポートする下位の
サブ・メッセージは、結論と要因、あるいは総合と部分の関係にある

4.上位のメッセージを支える下位のメッセージは、それらを総合
  すると、モレや重複がないこと(水平関係)

5.全体を支える最下部のメッセージは、事実、またはそれに近い
  疑いようのないメッセージ(蓋然性の高いメッセージ)であること

【独】

「独」というものは
人の世から離れた、
さびしい隠者の一人という意味ではなくて、
「絶対」という意味だ。

「独立」というものは
なんら他に依存せず、
自分自身が絶対的に立つということだ。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

民族滅亡の3原則

① 夢を喪った民族

② 全ての価値をモノで捉え、心の価値を見失った民族

③ 自国の歴史を忘れた民族

【但惜身命と不惜身命】

お互いがこうして生きている。
考えてみれば、
これくらい不思議なことはない。

この悠久なる時間と、
この茫漠(ほうばく)たる空間の中にあって、
たまたま時と所を一にしてこうしているという、

こんな不思議なことはないということがわかれば、
この現実、この刹那、この寸陰(わずかの時間)、
この場、この身というものが、
何よりも大事なのである。

無限に愛惜(あいせき)すべきものになる。
これを「但惜身命(たんじゃくしんみょう)」という。

それを把握するためには、
取りとめのない日常の身命などは、
値打ちがない。

これは不惜身命(ふしゃくしんみょう)
(身命を惜{お}しまぬ)である。
 
真に道を得るためには、
それこそ不惜身命でなければならない。

何が故に身命を惜しまぬかといえば、
但惜身命──本当の身命というものを
限りなく愛するからである。

真の自己・真の存在というものを
限りなく愛着するが故に、
この取りとめない、はかない、
迷える身命など、問題ではない。

命がけで命を惜しむ。
但惜身命なるが故に、不惜身命。
不惜身命にして、但惜身命になる。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

勤勉と思いやり

智慧の分かれ目は・・・・本を読むか読まないかである


禍福の分かれ目は・・・・善いことを行うかどうかである


貧富の分かれ目は・・・・勤勉であるかどうかである


毀誉の分かれ目は・・・・思いやりがあるかどうかである


才能は並みでも勤勉な人の方が、
頭は切れても怠惰な人よりも
多くのい事を成し遂げる

結果が出せないのは
才能がないからではなく
コツコツと働く意欲がないからである

ルーの3法則

① 筋肉は使えば使うほど強くなる

② 使わなければ衰える

③ 使いすぎるとダメになる


これは頭脳にもあてはまる

人間的に軽い人

悪いことを

①見ざる

②聞かざる

③言わざる

④考えざる

この4つのことが必要ですな

気合いだ!

僕は気合ということを、教育者・森信三先生の
『修身教授録』から教わりました。


この本に出合ったのはボディービルジムを開きながら
プロレスに復帰して間もなく、
試合中に大怪我をして再びリングを
降りなくてはならなくなった最悪の状態の時でしたね。
この本の中にある、


「二度とない人生、いかに生きるかという、
 生涯の根本方向を洞察する見識、
 並びにそれを実現する上に生ずる
 一切の困難に打ち勝つ大決心を
 打ち立てる覚悟がなくてはならない」


という一節に救われたんです。
この言葉に出合った時の衝撃はいまも忘れませんね。

二度とない人生をいかに生きるかを考えた時、
その覚悟を自分なりに表現するのに思いついたのが


「気合だ! 燃えろ!」

という言葉だったわけです。
「一切の困難」とは何か。
そのことについてもずっと考えました。



 病気、怪我、挫折、失敗、抵抗、


 障害、摩擦、重圧、衝突、ぶつかり、


 中傷、批判、屈辱、侮辱、差別、


 反対、針のむしろ、家族の不幸、


 アクシデント、足の引っ張り合い、


 脅かし、動揺、動転、パニック



です。


何かが起きてからでは遅い。

僕はこれら24の言葉を日々唱えながら、
直面するそれぞれの問題に置き換えて、
どう乗り越えるかを常に考えているんです。

浜口道場の道場訓の冒頭には


「人間どこまで強くなるか、
 人間どこまで錬磨修養なるか」


とあります。

強さと錬磨修養、この2つが車の両輪となって
人生を歩いていかなくてはならない
というのが僕の思いなんですね。


僕は無学なものだから、
人生の指針になる言葉を求め続けたんです。
森先生や安岡正篤先生の本、
中国古典にはいろいろなことを教わり、
それで随分変わることができました。

自分がギリギリの状態に立たされた時に、
言葉によってどれだけ励まされたか分かりませんね。


僕の道場に来ていただくと分かりますが、
壁や天井には、


「思い上がるな! 謙虚さを忘れるな」


「運命は変わる、変えられる」


など自分を鼓舞する言葉が隙間もないくらい
書き込まれています。
その中で特に挙げるとしたら


「感謝、発奮、謙虚」、



この3つが僕の座右の銘です。




アニマル浜口

人格の方程式

世間には高い能力を備えながら、
心が伴わないために道を誤る人が少なくありません。
私が身を置く経営の世界にあっても、
自分さえ儲かればいいという自己中心の考えから、
不祥事を引き起こし、没落を遂げていく人がいます。


いずれも経営の才に富んだ人たちの行為で、
なぜと首をひねりたくもなりますが、
古来「才子、才に倒れる」といわれるとおり、
才覚にあふれた人はついそれを過信して、
あらぬ方向へと進みがちなものです。


そういう人は、たとえその才を活かし一度は成功しても、
才覚だけに頼ることで失敗への道を歩むことになります。



才覚が人並みはずれたものであればあるほど、
それを正しい方向に導く羅針盤が必要となります。

その指針となるものが、理念や思想であり、
また哲学なのです。
そういった哲学が不足し、人格が未熟であれば、
いくら才に恵まれていても、
せっかくの高い能力を正しい方向に活かしていくことができず、
道を誤ってしまいます。

これは企業リーダーに限ったことでなく、
私たちの人生にも共通していえることです。


* *


この人格というものは



「性格+哲学」



という式で表せると、私は考えています。

人間が生まれながらにもっている性格と、
その後の人生を歩む過程で学び身につけていく哲学の両方から、
人格というものは成り立っている。

つまり、性格という先天性のものに
哲学という後天性のものをつけ加えていくことにより、
私たちの人格は陶冶されていくわけです。

言い換えれば、哲学という根っこを
しっかりと張らなければ、
人格という木の幹を太く、
まっすぐに成長させることはできないのです



「“人格”の方程式」


         京セラ名誉会長・稲盛和夫

       『致知』2005年3月号「巻頭の言葉」より

────────────────────────────────────


助長

宋という国に、育てている苗が
なかなか大きくならないのを気に病んでいる男がいた。

ある日彼は我慢できずに・・・なんと苗を引っ張った。
帰宅した彼は家族に向かって誇らしげに
「今日は苗が伸びるのを助けたので、疲れてしまったよ。」と言った。
息子が表に出てみると・・・やはり苗は枯れ果てていた。

この故事から、
無理やり成長させようとしてかえってダメにしてしまうことを、
「助長」というようになった。


『孟子』

【人間の第一義】

【人間の第一義】

名高い言葉に、
how to do good
(如何{いか}に善を為{な}すか)
ということよりも、

how to be good
(如何に善であるか)
ということの方が大事である、
というのがありますが、

人間の第一義は、
何を為すかということではなくて、
何であるかということである。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

いのちの根

   なみだをこらえて
   かなしみに耐えるとき
   ぐちを言わずに
   苦しみに耐えるとき

   言い訳をしないで
   だまって批判に耐えるとき

   いかりをおさえて
   じっと
   屈辱に耐えるとき

   あなたの眼のいろが
   深くなり

   いのちの根が
   深くなる

           相田みつを 

人生というゲーム

人生を楽しむための秘訣は

人生をゲームと考えてみましょう


ゲームといっても勝ち負けを競うゲームではないですよ

与えられた条件の中で、自分がどこまで成長できるかを

愉しむ「成長ゲーム」ですよ




人生で起こる出来事や様々な出逢いは

自分を成長させるための神様の仕掛けだ

と考えて、人生を楽しんでみましょう

忠恕

「誠実さと思いやりの心を持ちながら、
 世のため、人のためにできることをやっていきたい」




皇太子時代の天皇陛下が、50歳の誕生日に際しての
記者会見で好きな言葉に挙げられたそうで、

【良心への忠実さと他人への思いやりを意味する】

と紹介されています。

一夜賢者経

過ぎ去れるを追うことなかれ、未だ来らざるを願うことなかれ。

過去、そは既に捨てられたり。未来、そは未だ到らざるなり。

されば、ただ現在するところのものを、その所においてよく観察すべし。

揺らぐことなく、動ずることなく、それを見極め、実践すべし。

ただ、今日まさに作すべきことを熱心に作せ。

たれが明日、死のあることを知らんや。

まことに、かの死の大群と逢わずというは、あることなし。

見極めたる者は、心を込め、昼夜怠ることなく実践せん。

かくのごときを、一夜賢者といい、また心しずまれる者というなり


【機と経絡】

人間に最も大切なものは
「機」というものであります。

これは人間のみならず、
自然もすべて「機」に満ちている。

したがって人生というものは、
すべて「機」によって
動いているといってよろしい。

のんべんだらりとしたものではなくて、
常にキビキビとした機の連続である。

機というものは「つぼ」とか
勘どころとかいうものであって、
その一点ですべてに響くような一点を「機」という。

そこで機を外すというと響かない、
つまり活きない。

人間の体もそういうつぼ、
点で埋まっているわけであります。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

【科学と哲学】

「自然をいかに化するか」ということを
考究するのを科学というならば、
「人間をいかに化するか」ということを
考えるのがいわゆる哲学である。

本当に「化そう」と思ったら、
やはり深い哲学や信仰を持たなければいけない。




 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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