日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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【成功は苦辛の日に】

先賢が教えてくれている──愚はよく他の欠点を挙げるが、
自己の欠点を知らない。

話はうまいが、行いはつまらぬ。

若い時はうかうかして過ぎ、
壮時(そうじ)にはせかせか動き廻(まわ)り、
老年には愚痴(ぐち)ばかりになり易い。

正に、敗事は多く得意の時に因(よ)り
成功はつねに苦辛の日に在る。

やはり平生(へいぜい)能(よ)く道を聞くことだ。




 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)
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【死後に残るもの】

一人物の死後に残り、
思い出となるのは地位でも財産でも名誉でもない。

こんな人だった。
こういう嬉しい所のあった人だというその人自身、
言い換えればその人の心・精神・言動である。

このことが、人間とは何かという問の真実の答になる。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

勉強をするとは


問題を解くことではない
解けない問題を
解けるようにすること
×を○にすることです


わからなくてもいいから
 前に進めば、やがては
 わかるようになるものだ


● 問題を読んだら自力で解かない!
   解説をじっくり読み、ノートに大きな字で書なぐる

● 解説の必要な個所をマーキングし
   誤答の選択肢は正しい文に書き直す
    
● もう一度、問題を読んで、正解が得られるか確認してみる
 
● 正解が得られるまで、何度でも、解説を読んで頭に入れる

● 今日わからないものは、明日も絶対に解けない 

ひとつの言葉

   ひとつの言葉でけんかして
   ひとつの言葉でなかなおり
   ひとつの言葉で頭が下がり
   ひとつの言葉で心が痛む
   ひとつの言葉で楽しく笑い
   ひとつの言葉で泣かされる
   ひとつの言葉はそれぞれに
   ひとつの心をもっている

   きれいな言葉はきれいな心
   優しい言葉は優しい心

   ひとつの言葉を大切に
   ひとつの言葉を美しく」

まず自分を尊重する

 『自分の命というものを尊敬できない人間は、
   他人の命というものも尊敬できない。
   自分の命が重く感じられない人間は
   他人の命も軽く感じられる』
 



五木寛之

【人間の価値】

ずるいことをやったり、
人を押しのけたりして、
地位や財産をつくるのも
人間の能力、知能の一つであります。

それを使っていろいろのことができる。
できるけれども、
そんなことができても、
これは人間としては少しも偉いことではない。
社会的には偉いかも知れぬが、
人間としてはむしろ恥(は)ずべきことであります。

何を為(な)すか、
何をしたかということと、
彼はどういう人間か、
如何(いか)にあるか、
ということとは別である。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

叱り方のルール

①強く、短く叱る

②相手の身になって叱る

③目を見て叱る

④今のことを叱る

⑤他人と比較して叱らない

【家庭教育】

いままで学校教育こそが
教育だと思っておったが、
しかしこのごろは
ヨーロッパでもアメリカでも、
教育は学校がやると思っているのは
よほど後(おく)れた人間でありまして、
あらゆる教育家・教育学者は、
「教育はやっぱり家庭教育である。
 学校教育は家庭教育でできたものを受け取って、
 これに手入れをするところだ」
と考えている。

日本のように、
教育と言えば、
子供をどんな手段を使っても学校へ入れるんだ
と考えているのは、
文明国ではよほど後れておる。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

「考える」習慣をつくってみること

「たぶん人間って、昨日ときょうと
 同じ仕事の仕方をするんだと思うんです。
 いままでうまくいっていたからと考えて
 いつの間にかパターンをつくる。
 
 そのうちに何も考えなくなってしまうんです」





「人間は厳しい状況に置かれた時のほうが
 よく考えるようになるし、いまの時代は
 逆にチャンスだと思うんです」
 

岸良裕司 (ゴールドラット・コンサルティング ディレクター 日本代表)はともおっしゃっています。

いま自分が行っている仕事のやり方を、
本当にこれでいいのかと自らに問いかけ、
疑ってみること。少し立ち止まって
「考える」習慣をつくってみること。

そして考える習慣がつくれたら、
次に人は「どう考えて」行動していけばよいのか?

自分の「なぜ」を知れば道が見える

多くの方法論を読んでも、
有名な経営者や金持ちのやり方を学んできても、
自分のやり方や方法がわからない。
これは当然のことで、薬ひとつにしても、
その人の体質に合わない場合がある。
他人のやり方が自分に合わないのは不思議なことではない。

問題はまず、自分の「なぜ」が
ちっともわかっていないということにある。
自分がなぜそれをやりたいのか、
なぜそれを望むのか、なぜそうなりたいのか、
なぜその道をいきたいのか、
ということについて深く考えていないし、
しっかりつかんでいないからだ。

その自分の「なぜ」さえはっきりつかめていれば、
あとはもう簡単だ。
どのようにやるのかなんてすぐにわかってくる。
わざわざ他人の真似をして時間をつぶすこともない。
もう自分の目で自分の道がはっきり見えているのだから、
あとは歩いていけばいいだけになる。



ニーチェ

【試験勉強】

分厚い参考書は、買っただけであたかも知識を得たような
錯覚を起こしてしまいがち。


合格者のメッセージを読み、何をどれくらい勉強すれば
合格するのかをあらかじめ把握する。


まずは試験に必要な項目の全体像をつかみ、
最重要個箇所から勉強していく。


まず過去問を教科書代わりに使え。
資格勉強の最初の目標は、
過去問の解答と解説を読んで理解できるようになること。


ノートやカード作りはただの作業である。勉強ではない。
過去問や問題集の正しい使い方は、問題を読んだら自力で解かず、
すぐに解答と解説を見る。間違えないでね!


そしてその後、もう一度問題文を読み、
自力で解いてきちんと正解が得られるかどうかを確かめる。

【記憶力】

覚えることを極限まで少なくする技術は、
情報処理能力を高める。
本当に覚えなければいけないことかどうかを、
常にモニタリングする姿勢を持て。


文字で書かれたものは記憶に残りにくい。
苦手なものは図やイメージで覚える。
図だけを見て本文を思い出してみる。


参考書より問題集の記憶を中心にしたほうが、
はるかに効率があがる。
覚える事項を、今まで知っている知識に、
関連づけていくのを習慣化する。


勉強前に過去のおさらい、
勉強後にその日のおさらいをする。
書いて覚えるのは最低限にする。
後で見直しもしない
ノートにたらたらと書くな!
キーワードを書きなぐれ!
最低5回はキーワードを書け

【集中力】

簡単な課題から始めて、
脳のエンジンをかけ作業能率をあげる。
目先の小さな目標に集中して、
達成できたら素直に自分を評価する。

目標はなるべく数字にする。

①1日2時間以上は勉強しないと決め、
締切効果で集中力を上げる。
②自分の努力や実績を記録に残しておくと、
 記録自体が契機となって、
 モチベーションや集中力が格段にあがる。
③成功のイメージ化を一日に何回か行う。
④口癖をポジティブにすると夢がかなう。
⑤他人をほめることを心がけていると、
思わぬ形で自分にも返ってくる。

【読書法】

読書術の要点は、
何を読んで、
どれだけじっくり、早く読んで、
読んだものをどれだけ頭に残すか、この3点に尽きる。

仕事術の本を読んだだけで、
仕事が出来る人になったような錯覚を得て代理満足してしまい、
実際に行動しない人が本当に多い。
読書は行動に活かされない限り無意味である。
場所を変えることにより、人に見られ集中力があがり効率があがる。
まずは簡単な入門書を複数読むのが、
あるジャンルを手っ取り早く頭に入れるコツ。
大切な事柄ほど、勉強する対象(本)を絞って冊数を少なくするべき。
1冊の本で自分に有益な部分は1割もあればいいほうである。
残りの9割に時間を取られないようにしなければいけない。
一般の勉強は、さまざまな本を買い集めて読む多読、雑読が望ましいが、
試験が絡む勉強は1冊の本を集中的に学ぶという発想の切り替えが大切である。

読み終えたあと約半日で半分以上忘れてしまう。
よって読み終えたら目次だけでももう一度読んでみる。
本を読んだら、何が書いてあったか、1分でも考えてみる習慣をつける。

【勉強法】

勉強するとき、小さな喜びや達成感を常に得るようにする。
必要のない部分、理解できない部分は、ひとまず捨てる。飛ばす。
目標は自分の胸に秘めているより、
周囲に公言してしまうほうが、
自分を実行へ駆り立てる力が何倍にもなる。

しかし、実行に当たっては、あくまで小さな満足感を積み重ねる。
覚えたことを忘れないために、
①反復
②学習直後の復習
③間をおいた復習  が大切である。

勉強したあとに、どんなことを勉強したか?など思い出す作業をとる。
目標を具体化し、そこから逆算して今やるべきことを処理していく。
何回も繰り返し自分の頭に浸透させることで、
初めて知識は自分のものになる。


自分の生きた意見を持つことが大切さ

生きた魚を手にするためには
自分で出かけて行って
魚を釣りあげなければならない

同様に自分の意見を持つためには
自ら動いて自分の考えを掘り下げ
言葉にしなければならない

自分の意見を持つことを面倒がる輩は
金を出して金を出して腐ったような化石を買う

彼らは、買った他人の昔の意見を自分の信念としてしまう。
彼らの意見はいきいきとしておらず、
いつまでたっても変わらない。
この世にはそういう人間が数多くいる。



ニーチェ

必要な鈍さ

いつも敏感で鋭くある必要はない。

特に人との交わりにおいては、

相手のなんらかの行為や

考えの動機を見抜いていても

知らぬふうでいるような、

一種の偽りの鈍さが必要だ



ニーチェ

4つの徳を持て

四つの徳を持て

自分自身と友人に対しては、いつも誠実であれ。

敵に対しては勇気を持て。

敗者に対しては、寛容さを持て。

その他あらゆる場合については、常に礼儀を保て



ニーチェ

五労

一、多想心労。

とりこし苦労が多すぎること。

これは心臓を傷める。

心臓は冬に養うのがいい。


二、多怒肝労。

怒りが度重なると肝を傷める。

肝は秋に養うもの。


三、多思脾労。

考えごとが多いと脾が疲れる。

脾臓は血液の浄化や調節をつかさどる大切な器官。

これは、春に養うことだ。


四、多悲肺労。

五、多憂腎労。


憂い多いと腎が疲れる。

腎は、身体の浄化装置である。

疲れさせてはならない。

腎は四季を通して養うべきである。

視点を変える

視点を変えたり、
逆手に取ったりする。
風が吹いて妨害され、
どうしてもうまくいかないのであれば、
今度から風を利用してやればいい。
帆を高く張り、
風が来ても追い風にしてしまおう



ニーチェ

自分の主人たれ

自制心という言葉を知っているだけで、
なにがしか自制できているわけではない。
自制は、自分が現実に行うそのもののことだ。
 
一日に一つ、何か小さなことを断念する。
最低でもそのくらいのことが容易にできないと、
自制心があるということにはならない。
 
また、小さな事柄に関して自制できないと、
大きな事柄に関して上手に自制して成功できるはずもない。
 
自制できるということは、
自分をコントロールできるということだ。
自分の中に巣くう欲望を自分で制御する、
欲望の言いなりになったりせず、
自分がちゃんと自分の行動の主人になる、
ということだ。



ニーチェ

水五訓





 一、自ら活動して他を動かしむるは「水」なり。

 ※水は百年、千年流れて峡谷を刻み、千丈の滝をつくる。
  洪水、大雨は、文明の利器たる新幹線もストップさせ、
  家屋まで押し流す。水の力は、人の力をはるかに超える。


二、常に己れの進路を求めてやまざるは「水」なり。
 
※水は必ず低きを選び、低きにつく。
  より低い己れの道を求めてやまない。
  限りない「謙虚さ」を示す。



 三、障害にあって、激しく
   その勢力を百倍しうるは「水」なり。


   ※流れる水を止め貯水し、一気に流し、
    発電し百倍千倍の力とした。
    富山で発電所を造る時、水が百倍の力の電力に
    化ける理の判らない住民たちの強い反対が
    あったと聞いたことがある。
   

   
 四、自ら潔く、他の汚濁を洗い、
   清濁併せ入る度量あるは「水」なり。


   ※清らかな水も、濁れる水もなんの文句も云わずに
    ただ流れるままの姿は、与えた恩は水に流し、
    受けた恩は石に刻むべしと説いているようだ。



 五、洋々として大海を満たし、発しては霧となす。
   雨雪を変じ霰と化す。
   凍っては玲瓏たる鏡となり、
   しかもその性を失わざるは「水」なり。


   ※さまざまな水の態様は、人生を達観せよと
   語っているようでもあり、無言にして
   人生の輪廻を説いているようでもある。
   
   その性を失いはしないが、
   「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」
   (『方丈記』)の如く、水は時の移ろいをも語る。



 ここまで水からの学びを進めてくると、
 安岡正篤先生の説く考察の三原則、



 一、目先にとらわれず長い目で見る


 二、一面的に見ないで多面的、全面的に観察


 三、枝葉末節にこだわることなく根本的に考察する



 は、この水の五訓から導き出された
 みずみずしいお教えと把えるのは穿(うが)ちすぎだろうか。

始めるから始まる。

始めるから始まる。
すべて、初めは危険だ。
しかし、とにかく始めなければ始まらない。



フリードリヒ・ニーチェ

分岐点

「そんなことはできない」という時、
人は自分にできることと
できないことの分岐点に立っている。

そこで、「どうすれば、できるだろう?」
と問えば、前向きに新しい考えを受け入れ、
人生の可能性を広げることができる。



ロバート・キヨサキ

「誰にも一芸がある」

どんな人にも一芸がある。

その一芸は、その人だけのものだ。



それを早くから知っていて、十分に生かして成功する人もいる。

自分の一芸、自分の本領が何であるか、

わからないままの人もいる。



それを自分の力のみで見出す人もいる。

世間の反応を見ながら、自分の本領がなんだろうかと模索し続ける人もいる。



いずれにしても、

くじけず、

たくましく、

果敢に挑戦を続けていれば、

自分の一芸が解ってくるはずだ。



ニーチェ


「笑う者の運命は光のごとく輝く」

「幸福でもないのに笑えないというな。
 笑わないから幸福が来ないのである」
 
 
宅間正恭(たくま・まさやす=タクマ工務店社長)

これまでの人生はいいことがなかったからもうダメだ。
どんなことをしてもよくならないと
悲観している人をよく見かけるが、
人の人生は果たして
“過去”によって決まってしまうものだろうか。


どんなに苦しいことや辛いことがあっても、
自分の人生は“未来”からやってくる。


そう考えていつもにこにこと笑っていれば、
きっと運命は好転する。


すべての幸福は、
笑うことから始まるような気がしている。

【人物をみる八観法】

一、通ずれば其の礼する所を観る
すらすらうまく行き出した時に、
  どういうものを尊重するかを観る。

一、貴(たか)ければ其の進むる所を観る
地位が上がるにつれ、其の登用する人間を見て人物が分かる。

一、富めば其の養う所を観る   
金ができると何を養い出すか。

一、聴けば其の行う所を観る  
善いことを聞いたら、それを実行するかどうかを観る。

一、習えば其の言う所を観る
習熟すればその人間の言うところを観る。

一、止(いた)れば其の好む所を観る
この「止」は板につくという意味。
一人前に仕事ができるようになると、何を好むか。

一、窮すれば其の受けざる所を観る
貧乏したときに何を受けないかを観る。

一、賤なれば其の為さざる所を観る
  人間落ちぶれると何をするかわからない。だから為さない所を観る。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

光と闇

   釈尊のこういう詩があります。
   
   光に生まれて 闇に沈む者
   光に生まれて 光に入る者
   闇に生まれて 闇に沈む者
   闇に生まれて 光に入る者
 

  
   私はこの中で「闇に生まれて光に入る者」という
   一節に心惹かれます。
   様々な挫折を通してカネや地位や名誉で
   自分を汚す愚かさを知り、
   人に喜びと優しさを与える充実感を知るようになった
   人こそが本当に目覚めた人であり、徳のある人といえるのです。

北川 八郎(陶芸家)


【余 裕】

「千万人と雖(いえど)も吾往かん」
と言った孟子が同時に別面において、
「豈(あ)に綽々(しゃくしゃく)余裕有らざらんや」
と言って余裕というものを論じておりますが、
こういう乱世になればなるほど、
われわれは余裕というものを
持たなければならない。

余裕があって初めて
本当に物を考えることも出来る、
本当に行動を起こすことも出来るわけです。

殊(こと)に善人は神経が細いから、
尚更(なおさら)本当の意味の余裕が必要であります。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

六十にして六十化す

『淮南子(えなんじ)』に、
「きょ白玉(はくぎょく)、
 行年五十にして四十九年の非を知り、
 六十にして六十化す」

という名言がある。

これは人間に通じて来ないとわからない。
年をとるにつれて身に泌(し)む言葉だ。

人間は五十歳にもなれば或(あ)る程度
人生の結論に達する。
と同時に心のどこかに自らを恕(ゆる)す、
肯定しようとする意志が働く。

その時に
五十にして四十九年の非を知る」、
今までの自己を一度否定することは、
これは非常に難しい。

だが過去の非を知り、
自分が自分に結論を下すことは、
新たにやり直すことであって
五十になってやり直し、
六十になればなったでまた変化する。

いくつになっても溌剌(はつらつ)として維新してゆくことだ。

 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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