日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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「まずあんたたちの体温を上げなきゃダメだ」

若杉友子さんのお話をご紹介します。

 若杉さんは築160年の古民家に住み、
 伝統的な日本の食や野草料理を中心に
 ほぼ自給自足の生活を送りながら、
 現代日本の食に警鐘を鳴らし続けています。


例えばいま、
トマトとかアスパラ、ピーマン、ナスと
いろんな野菜が出ていますが、
ああいう外来のカタカナの野菜は陰性が強いの。
健康な人はいいけれど、連食多食はしなさんな。
 
そもそもF1の種(交配種)で育った野菜は、
それだけで陰性が強いんです。

だからいま若い人たちの多くが
貧血、冷え性、便秘症に低体温になって、
子供ができない人、
子供を育てられない人ばっかりになっている。

私はそれを一番強く言いたいんですよ!
料理教室にも不妊の人がいっぱい来ています。

「あんたの食生活が間違っているから
子供が授からないの」

とはっきり言うんですよ。



「まずあんたたちの体温を上げなきゃダメだ」

って。冷えた男と女が一緒になったところで、
布団の中で燃えるわけがないんだから。
そういうことは大学の栄養学の先生は言えないけど、
ばあちゃんははっきり言うよ(笑)。
冷蔵庫のような子宮では子供はできないし、
仮にできて産めたとしても弱いから育てるのが大変。
だから育児放棄や虐待が起きる。


体温を上げるにはまず食の陰陽を覚える。
そしてパンをやめて雑穀を食べる。
稗は特にいいですね。
野草と同じ生命力の強さがあります。

食の陰陽を知って、
野草や稗などを食べていると
精神的に打たれ強くなりますよ。
そうして体温が上がってくると、
明るく前向きになります。

貧血、冷え性、便秘症に低体温じゃ
絶対に楽しい人生を送れるはずないですよ。



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稽古

稽古とは

一より習ひ

十を知り

十よりかへる

もとのその一



利休百首

まんねり

同じような人ばかり、

同じようなことを考え、

同じような話をし、

同じようなことを

繰り返しやっておりますと、

非常に単調になる。

単調になると、これは人間の習慣性で、

生命、精神が鈍ってくる、眠くなる。


人間が眠くなると溌剌たる創造性を失ってくる


安岡 正篤

磨く

鈍刀をいくら磨いても

 無駄なことだというが 

 何もそんな言葉に

 耳を貸す必要はない

 せっせと磨くのだ

 刀は光らないかもしれないが

 磨く本人が変わってくる

 磨く本人を光るものにしてくれるのだ。



      坂村真民 詩集「念ずれば花ひらく」より

『育』という字

「育」は二つの部品から成り立っていて、
上の部品は「子」を上下逆転させた状態、

つまり母体から生れてくる状態を表しているそうです


下の部品は「月日」の「月」ではなく
「肉」をあらわす「月(にくづき)」で、

生れた子に肉がついていくさまを表す、とのことです



漢字はすばらしい文化だと思います。

感動

感動というのは『論語』から出た言葉で、
もとは「感即動」です。

感じることは即ち動くこと。
感じさせることが動かすことなんです。
だから感性が鈍い人間が
人の上に立つことは許されないんです。



        行徳哲男(日本BE研究所所長)

おかあさん

「カカ」「カアカア」「カッカッ」という音は、
昔の人ははいったい何を意味したのでしょうか。

「カッカッ」というのは、太陽が燃えている様子を表しています。

お母さんはいつも明るくて、あたたかくて、
しかも朝、昼、晩、と食事を作ってくださって、
わたくしたちの生命を育ててくださいます。
私たちの身体を産んでくださいます。 


母親は太陽さんのような恵みの力によって
わたくしたちを世話してくれます。
母親はまさに太陽さんそのものだということから、
母親のことを昔は「お日身(カミ)さん」といったのです。

【苦言は人のため】

【苦言は人のため】

甘・苦・渋の三味は
決して別のものではない。

三味が一つに融け合っていて、
甘味の中に苦味・渋味、
苦味・渋味の中に甘味がある。

甘味が苦味・渋味にならぬと、
本当の甘味ではない。
そのことを茶道のベテランは
皆知っておる。

人間も甘いうちは駄目で、
少し苦味が出て来ないと
本物ではない。

言葉でも、
本当の為になる言葉は
多く苦言であります。

「苦言は人のためになる」
と言いますが、
実際その通りでありまして、
甘言を愛するようでは
まだまだ出来ておらぬ証拠であります。




 『安岡正篤 一日一言』

一心不乱


   美しく生きるとは
   一筋に生きることだ
   
   一筋に生きるとは
   自分を生かす一つのことに
   一心不乱になることだ

   一心不乱とは
   神意にただ従うことだ

   フラフラするな
   グラグラするな
   ウコサベンするな



坂村 真民

えらい人や名高い人にならうとは決してするな

えらい人や名高い人にならうとは決してするな
     
      持って生まれたものを
深くさぐって強く引き出す人になるんだ
     
      天から受けたものを
     天にむくいる人になるんだ



              高村光太郎(彫刻家)



 人間は2種類しかない、と聞いたことがあります。

 誰もがうらやむような環境にあっても
 足りない点を見つけ出し、
 不平不満を口にする人。

 誰もが憐れんでしまうような環境にあっても
 与えられたものを見つけ出し、
 感謝して生きる人。

 私は若い頃、紛れもなく前者だったように思います。 
 「あの人と比べて、自分にはあれがない、これもない。
  こんな環境にあれば、
  もっと違った人生になるかもしれない……」
 
 しかしこの仕事でいろいろな人と接して
 人生で本当に大事なことは、
 えらくなることでも、有名になることでもなくて
 他をうらやまず、己を尽くして
 最終的に自分の人生を完成させていくことなのだろう、
 と思うようになりました。

【老の三つの意味】

“老”という文字には三つの意味がある。
一つは年をとる。
二つは練れる。
三つは“考”と通用して、
思索が深まり、完成するという意味だ。

老いるとは単に馬齢(ばれい)を加えることではない。
その間に経験を積み、思想を深め、
自己・人生を完成させてゆく努力の過程でなければならない。
これを“老計”という。

それには先(ま)ず学ぶことだ。
学問は年をとるほどよい。
百歳にもなっての学問は、実に深い味があろうと思う。

老いてボケるというのは学問しないからにすぎない。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

三気


  よく見える目をもちながら
  大事なものを見逃すのは
  見る気がないからだ




  よく聞こえる耳をもちながら
  大事なものを聞きもらすのは
  聞く気がないからだ




  よく出来る腕をもちながら
  大事なことに手抜かりするのは
  やる気がないからだ




  人生にとって大事なことは
  見る気になって見
  聞く気になって聞き
  やる気になってやることだ




遠藤 俊夫

憂(うれい)

むかしの人の詩にありました

君看よ、双眼の色
語らざれば、憂い無きに似たり

憂い・・・が無いのではありません
悲しみ・・・が無いのでもありません
語らない、だけなんです
語れないほど、深い憂い-だからです
語れないほど、重い悲しみ-だからです

人にいくら説明したって
まったくわかってもらえないから
語ることをやめて
じっと、こらえているんです
文字にも、ことばにも
到底表わせない
深い憂い-を
重い悲しみ-を
心の奥深く、ずっしり沈めて
じっと黙っているから
眼(まなこ)が澄んでくるのです

澄んだ眼の底にある
深い憂いのわかる人間になろう
重い悲しみの見える眼を持とう

君看よ、双眼の色
語らざれば、憂い無きに似たり

語らざれば、憂い無きに似たり



相田 みつを

叱る

よろしくない行動は断固として許さない

叱ると怒るを混同せずに『叱る』に徹する

叱るのはあくまでもその行動。人格を責めない

叱るのは一瞬。あとは晴れやかに


古人の跡を求めず古人のもとめたる所をもとめよ。

彦根藩の重臣にして芭蕉の門下生だった森川許六(きょろく)が
江戸から彦根へ帰る際、芭蕉が贈ったことばの中の一節です。

俳句とは、「五、七、五」や「季語」など、
一定のルールの中で詠まれるもの。
しかし、ルール以外にも、
昔どこかの俳人が詠んだ言い回しや題材などが
頻繁に用いられる向きもありました。

芭蕉は許六に対し、
「それら古人の功績を、カタチだけなぞるのではなく、
その奥にある心を踏まえて
自分なりの俳句やことば遣いを模索しなさい」
といいたかったのでしょう。

長い人生にはなあ
どんなに避けようとしても
どうしても通らなければ
ならぬ道-
てものがあるんだな

そんなときはその道を
黙って歩くことだな
愚痴や弱音を吐かないでな

黙って歩くんだよ
ただ黙って-
涙なんか見せちゃダメだぜ!!

そしてなあ その時なんだよ
人間としての いのちの根が
ふかくなるのは・・・・・



相田 みつを

「民族滅亡の三原則」

日本の政治がさまようています。

一番大事な国防の問題にしろ、安全保障の問題にしろ、
いまの政権がやっていることはまったく素人みたいですよ。

だから同盟国のアメリカにもそっぽを向かれてしまうし、
そこへもってきて外国人地方参政権問題とか、
夫婦別姓問題とか、次々と国を揺るがすような
危機が迫ってきています。

いったいこの国はどこに行くのだろうね。


私はこの間『致知』(4月号)で
「民族滅亡の三原則」というのを紹介しました。



 一、理想(夢)を喪った民族


 一、全ての価値をもので捉え、

心の価値を見失った民族


 一、自国の歴史を忘れた民族




こういう民族は滅びていくことを
歴史は証明しているだけれども、
我らが愛する日本はいま、
まさにこの3つの道を辿っているように
思えてなりません。



中條高徳(アサヒビール名誉顧問)

おとうさん

なぜ。父親のことを「おとうさん」というのでしょうか。

むかしのおとうさんは、
毎日、おかあさんや子供たちのために、
いっしょうけんめい外へ出て働いて、
毎日毎日の生活するための物を運んでくれました。
今なら、お金を稼(かせ)いでくれます。
そして家族の安全を守ってくれます。
そのような、「尊(とうと)い」の「ト」が残って
「おとうさん」とよばれるようになったのです

いい練習相手

 イヤな人のためにイヤな思いをしてしまうことがあると思います。
その相手のことを「イヤだ、イヤだ」と思っていると、
それだけ余計にイヤな気もちになってしまいます。

 
イヤな思いをしなくてすむようになるためには、
相手が自分のまわりからいなくなってくれるか、
相手がイヤなことをしないように変わってくれるか、
自分がイヤな思いをしないように変わるか、

のいずれかでしょう。
 

状況や人が変わることを期待するよりも、
自分を変えることを考えたほうが現実的ではないでしょうか。

 
そこで、イヤな人は自分を育てる「いい練習相手」
と考えてみてはどうでしょうか。
そう考えれば、イヤな人に対してただ
“イライラ”“くよくよ”するよりも前向きになれます。

 
心の姿勢が変わると、その相手と、
その相手とのつきあいに対する感じ方も変わります。
「いい練習相手」と考えたら、
ちょっとぐらいイヤな気もちになることがあっても、
ある程度は我慢できるし、
少しは落ちついて対応できるのではないでしょうか。

分岐点

君子は道義にしたがって日夜修行を怠らないから

その徳は少しづつ上の方に向かって進み

ついには聖賢の極みに至る



これに反し小人はただ利欲のみにしたがって

一時の安楽をむさぼるから

日々堕落して

愚鈍の極みまで落ちてしまう




『論語』憲問第十四

信仰

神様を信ずることの原点は

ご利益を得ることではありません


本当の信仰というのは

神様に生かされていることに感謝し

一生涯神様のお導きを信じて生きることであり



お恵みというのは

知らない間に

後から与えられるものです



ですから、利益を得る目的で神様を拝むというのは
信仰でも何でもないのですよ

「塾」というものは、特に何かを教えたり、

教わったりする場所ではありません。

一方的に何かの情報やノウハウを教えるのではなく、

自分の夢や考えを表現したり、仲間の夢を聞いて応援するなど、

積極的にコミュニケーションをとる『場』です。


人とのコミュニケーションを取りたくない方や、

人の話を聞かず、問題を解くことばかりが

勉強だと考える方にとっては

本来の価値を発揮できませんので、直ちに退場して下さい。

遠慮は要りません。遠慮は無用です。

君たちに、ふさわしい依存教育をされてる塾が

巷には溢れんばかりございます。


基本的に、ココではあなたに何かを与えるということをしません。

提供できるのは、「夢の実現のためのプログラムと応援」です。

この世は、人に何かをしてもらったり、

人からもらうことを期待していると、

何も得ることのできない場所です。


逆に、自分から行動して何かをつかんだり、

変化を創り出す人にとっては

自分の心の中に幸せな『ユートピア』を創り出せるでしょう。


夢を叶えるというのは、既存の常識からはみ出すことでもあります。

「普通はこうだろう」「こんなのは常識だ」という考え方は

何の役にも立ちません。


ココは自分の常識の枠を疑い、その枠を広げる『場』ですので、

今までの常識以外の価値観を認める必要が出てきます。


常識の外側の考え方を受け入れることで、

可能性を広げることができるのです。


サービス

「サービスとは、
 プロとして訓練された社員が給料をいただいて、
 お客様のために正確にお役に立って、
お客様から感激と満足感を引き出すこと」


と定義しています。


私はサービスの本質は、
突き詰めれば2つだと考えています。




1つは正確であること。


例えばモーニングコールの時間を頼まれていたのに、
時間を間違えてしまったとします。

それはサービスの正確さという点においては、
病院が酸素ボンベと炭酸ガスを間違えたり、
肺がん患者と心臓病患者を間違えて
手術室へ入れることと何ら変わりはありません。

サービスで1番大切なのは正確かどうかです。


しかし、正確であればそれでいいのではなく、
やはりホスピタリティー、お客様の立場に立って
思いやる心がなければなりません。


この2つが揃って初めていいサービスができるのです。


小田禎彦(加賀屋会長)

習慣

いい習慣をひとつ身につければ

次の一つを身につけるのが楽になる

その繰り返しで、

やがていいことをやるのが当たり前になってくる

そうすると

努力しなくても自然といいことができるようになる

だから、いいことをやると

それ自体が一つの報酬になるという考え方もある



これは悪い方にも適用される

悪事を行うのは

初めは抵抗があるが

一回やると二回目はやりやすくなり

三回目はさらにやりやすくなり

四回目には当たり前になって

五回目からは習慣になってしまう




渡部 昇一

文化と文明

文化とは『文』、すなわち言葉によって

人が人らしくなることです


文明とは、言葉の力によって

人の知が明らかになり

生活が豊かになることです



岩越 豊雄

一所懸命

一つの所に力を集めて

がんばることを

『一所懸命』という



指の先の小さい力でも、針の先一点に

集まると、固いものを貫く力になる

君の力を一点に集中してがんばれば

どんなことだってできる



東井 義雄

● 才能の差は小さいが

● 努力の差は大きい
  
● 継続の差はもっと大きい

心を養う

稽古してはならぬ

いつも真剣勝負をせねばならぬ




中川 一政

修行

つらいから逃げるのではない

逃げるから辛くなるのだ



ウィリアム・ジェームズ

価値

人間各々の価値は

その人が熱心に追い求める

対象の価値に等しい


ローマの哲人  マルクス・アウレリウス

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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