日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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言われて一番嬉しい言葉を知っていると

自分にとってどんな生き方が幸せか分かります



「お金持ちですね」
と言われて嬉しい人はやっぱりお金が好きだし、

「変わっているね」
と言われて嬉しい人はオリジナリティーを求めている。

「先生」
と呼ばれて嬉しい人は、権威を重んじる人だと思います。


私は「偉いね」とか「すごいね」と
言われても全然嬉しくない。
まして「先生」なんて「やめて~」って感じ(笑)。

私は


「あなたに会えて良かった」



と言われるのが一番嬉しい。
たくさんの人に出会い、私のコーチングを通して
幸せを見つけてもらうことが、何よりの幸せです。

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自ら努力していない人を助けようとしても無駄

『自らを助けないものを救おうとしても無駄だ。
   ハシゴを自分で登る意思のないものを、
   他人が押し上げることはできない』 アンドリュー・カーネギー

『人にものを教えることはできない。
   自ら気づく手助けができるだけだ』 ガリレオ

『自ら助けない者には、
   機会も力も貸してくれない』 ソフォクレス

『偶然は、準備のできていない人を助けない』 パスツール

コーチングの基本

●大谷由里子(プロデューサー)

コーチングの基本に


“発想を「Why」から「How」に変えよう”


という理論があるんですよ。

無理難題を言われて、
「なんでそんなこと言われなあかんねん」と思ったら、
もうそこで終わり。

あの頃、横山やすしさんに何を言われても
「どうする?」「どうやって解決する?」といつも考えていました。

それがいまとても役立っています。

心に太陽を持て

勇気を失うな 唇に歌を持て 心に太陽を持て

ツェーザル・フライシュレン(詩人)

われに母あり

われに母あり  人生の
  
生きゆく力 純情(まごころ)を
    
愛の翼で  はげまして
    
じっと諭して 下さった
      
じっと諭して 下さった
     
母の姿に 泣けてくる 



坂村 真民

心構え

「心構えは、どんなに磨いても、

 毎朝、ゼロになる能力である。
 
 ちょうど毎朝起きたら歯を磨くように、

 心構えも毎日磨き直さなければならない」



田中 真澄(社会教育家)




経営者は、


三歩先を読み、


二歩先を話し、


一歩先を照らせ




藤沢武夫(ホンダ元副社長)

●「大切なのは かつてでもなく これからでもない
  一呼吸 一呼吸の 今である」
       


坂村真民(仏教詩人)

「和を以って貴しと為す」

日本という国にとって最も大切なことは
 「日本人らしい日本人」を育成することである。

 近頃はアメリカ流の合理主義や弱肉強食がはやったり、
 中華思想も台頭してきた。
 聖徳太子の定められた17条憲法の第一条
 「和を以って貴しと為す」をもう一度心に刻む教育が大切である。

20代を過ごすキーワード

宮端清次(はとバス元社長)は
20代を過ごすキーワードとして
次の2つのことを挙げておられます。



1、向こう傷を恐れるな

2、血智汗涙(けっちかんるい)でやり抜け


「向こう傷を恐れるな」とは、失敗を恐れるなということ。
挫折や失敗を味わえるのが20代の特権で、
その失敗を次にどう生かすが肝要だと言われます。

「血智汗涙」とは、まず自分の血をたぎらせること。
そして、智恵を出し、汗を流し、喜びの時も、悲しみの時も、
上司や部下、同僚といっしょに肩を組んで泣けるということ。


「過去が現在をつくり、現在が未来をつくる」と
いわれるように、それぞれの年代でなすべきことをなし、
豊かな人生を築いていきたいものです

自分を鍛える

『読んだものを自分のものにするには、
まず読みながら考え、
読み終えてからも考えることである』


ジョン・トッド 「自分を鍛える」(三笠書房)より


 『読書は単に知識の材料を供給するだけである。
  それを自家のものとするのは思索の力である』 ロック

 『読書して考えないのは、
  食事をして消化しないのと同じである』 エドマンド・バーク

速読・多読も一つの読書法ですが、
 何も身につかないようでは無駄になってしまいます。

 『つまらぬ本を百冊読むよりは、
  すぐれた本を百回読むほうがはるかにためになる』 アラン

 『一度読んだらスジがわかる。
  再読すればスジ以外の味が少しわかる。
  三読すると始め読んだ時、気づかなかった深みを感じる。
  それがよい小説を読むたのしみなのさ』 

遠藤周作

 「ヨコの恩・下の恩を知る」

● 松原 泰道


古代インドの地方語のパーリ語に
「カタンニュー」という言葉があります。
「何がなされたかを知る」という意味です。

また、中村元先生は『仏教語大辞典』で、


「恩とは、何がなされ、今日の状態の原因は
 何であるかを、心に深く考えることである」


と解説されました。私は仏教でいう恩の基は、
このカタンニューではないかと思っています。

恩という字は「因」と「心」から成り立っています。
原因を知る心、つまりカタンニューです。


釈尊は、このようなたとえ話をされました。


  ある金持ちが大工さんに
 「二階建ての家を建ててくれ」と命じた。

  大工さんが一階を作り始めると、その金持ちは、
 「オレは一階はいらん、二階だけでいいのだ」と怒った……と。


そして釈尊は「この金持ちのことをどう思うか」と
弟子たちに問いかけられたのです。

私は、それこそカタンニューではないかと思います。
一階があってこそ二階があるのでしょう。
そうでなければまぼろしの空中楼閣です。


私は朝日カルチャーセンターの講師をしているので、
毎週一回東京の新宿住友ビルの48階にある
教室に行っていますが、ある時ふと
カタンニューに思いが至りました。

すばらしい眺望のこの48階も、その下に
47階があるからこそ実在する。
そうであれば、47階以下の存在を知るということこそ
カタンニューということであり、恩ではないか……と。


仏教でいう恩とは、自分よりも上の人に対するだけではなく、
「自分になされたのが何であるか」という、
むしろ自分より下の者のことを思うということなのです。

カタンニューとは、儒教的な「上から下への」恩だけではなく、
横の恩、下の恩を知るということでもあります。
多くの人たちに自分が支えられていることを知る――
それが恩を知るということでもあるのです。


        * *


そのことを、少し角度を変えて述べてみましょう。
有島武郎の『惜しみなく愛は奪う』の一節に

「子を持って知る子の恩」

というくだりがあります。

よくいわれる「子を持って知る親の恩」ではなくて、
まさに「子の恩」なのです。
自分の子供の恩を知る人にして、初めて親の恩が
わかるということではないでしょうか。

実際に、サラリーマンに何かあった時、
自分を支えてくれるのは上司ではなく、
部下である場合も多いのではありませんか?

部下の恩がわかるのがよい上司、
弟子の恩がわかるのが、
すぐれた師ということになるでしょう。

人の志(こころざし)というものは

 幾度も幾度もつらい目、ひどい目にあって後、

はじめて堅く定まるものである。

 そこで、真の男子たる者は、まず幾多の辛酸をなめて志を堅くし、

 その堅い志を貫くためには、玉となって砕けることを本懐とし、

 志をまげて瓦となって、無事に生きながらえることを恥とする。


 
 人をごまかして、陰でこそこそ事を企てる者は、

 たとえその事が出来上がっても、

 物事をよく見抜くことができる人がこれを見れば、

 みにくいことこの上もない。

 人に対しては常に公平で、真心をもって接するのがよい。

 公平でなければ、すぐれた人の心をつかむことはできないものだ。



 命もいらず名もいらず、

官位も金もいらぬ人は始末に困るものである。

 この始末に困る人でなければ、

 艱難を共にして国家の大業は成しとげられない。

 しかしながら、

 このような人は並の人の目では見抜くことができない。

 これは、孟子が言った次のような人のことだ。

 「天下の広々としたところに居り、

  天下の正しい位置に立って、天下の正しい道を行う。

  もし、志を得て挙げ用いられたなら、民と共にその道を行い、

  もし、志を得ないで用いられないときは、独りで道を行う。

  そういう人は、

  どんな富や身分によっても心を動かされることはないし、

  どんなに貧しく、いやしい境遇におちいっても、

  それで心がくじけることはない。

  また、権力でこれを屈服させようとしても、決してそれはできない。

  そんな人こそ、

  『命もいらず名もいらず、官位も金もいらぬ始末に困る人』だと言えよう。


  正しい道義を踏んで生きてゆく者は、

  国中の人が寄ってたかってそしるとも決して不満を言わず、

  また、国中の人がこぞってほめたたえても、決して自分に満足しない。

  それは、自分を深く信じているからである。


  道を行う者はどうしても困難や苦しみに出会うものだから、

  どんなに難しい場面に立っても、

  それが成功するか失敗するかということや、

  生きるか死ぬかということに、少しもこだわってはならない。

  事をなすには上手下手(じょうず、へた)があり、

  物事によっては、よくできる人とできない人があるので、

  道を行うことに疑いをもって動揺する人もあるだろう。

  しかし、人は道を行わねば安心できないものだから、

  道を踏むということでは上手も下手もなく、

  できない人もないものだ。

  だから、一生懸命道を行い、道を楽しみ、

  もし困難に出会って、

  これを乗り切らなければならないときは、

  いよいよ正しい道を行い、

  その道を楽しむ境地にならねばならない。

  自分は、若い時から困難という困難にあってきたので、

  今はどんな事に出会っても心が動揺することはない。

  それだけは、実に幸せなことだ。



西郷隆盛遺訓

自らに克つものは強し

1.あまえ 2.うぬぼれ 3.おごり 4.マンネリ 5.やっかみ

    経営者はこの五つの心の病気に必ず罹る、と
    ユニ・チャーム創業者の高原慶一朗氏がいっている。

    徒手空拳で起業し2千億円企業にする過程で
    何回か、いずれかの病気に罹り、
    その度に会社がおかしくなった、
    と率直に吐露されている。

    経営者だけではあるまい。
    人は誰しも、その人生の途上で
    この五つの病に侵されるのではないだろうか。

    この心の病に勝つこと。
    それこそが自らに勝つということである。

    (中略)

    「人に勝つ者は力有り。
    自らに勝つ者は強し」「老子」(第33章)

    (他人と争ってこれを打ち負かす者は力があると
     いえるが本当の強者ではない。
     私欲私情を克服できる者、
    
     すなわち私心に打ち勝つことができる者こそ、
     真の強者である)

懸ける

 仕事がおもしろいと思うためには、
    自分がそこに本当に懸けないと、
    絶対にそうは思えない。

    中途半端な気持ちでやっていたら、
    おもしろくも何ともないですよね。

稲盛 和夫語録

●人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力

●「天職」とは出会うものではなく、自らつくり出すものです。

●成功すればするほど、偉くなればなるほど、
 謙虚に振る舞うようにならなければなりません。
 さらには、自らが率先して自己犠牲を払うべきなのです。

【熱血漢】

● 安岡 正篤

 幕末・明治の青年達には
 先輩に学ぼうという熱意があった。

 先輩達もそういう青年を非常に愛し、
 薫陶(くんとう)した。

 現代のように
 軽薄青年と無志操な老人が相寄ったところで、
 新時代の建設など出来るはずもない。

【偉大な自然人】

● 安岡 正篤

人間はどこまでも亭々(ていてい)として
聳(そび)ゆる野中の杉、
尾上(おのえ)の松の如く、
すくすくと伸びていかなければならぬ。

たえず枝を払い、懐(ふところ)をすかせ、
花あれば花を間引き、実成れば実を間引き、
絶えず努力すれば、偉大な自然人になることができる。

【六中観】

● 安岡 正篤


忙中閑(かん)有り
 忙中に掴(つか)んだものこそ本物の閑である。

苦中楽有り
 苦中に掴んだ楽こそ本当の楽である。

死中活有り
 身を棄(す)ててこそ浮ぶ瀬もあれ。

壺中(こちゅう)天有り
 どんな境涯でも自分だけの内面世界は作れる。
 どんな壺中の天を持つか。

意中人有り
 心中に尊敬する人、相ゆるす人物を持つ。

腹中書有り
 身心を養い、経綸(けいりん)に役立つ学問をする。

 【心の太陽】

● 安岡 正篤


 太陽の光に浴さなければ、
 物が育たないのと同じことで、
 人間の理想精神というものは心の太陽なのだ。

 理想に向かって情熱を湧(わ)かすということは、
 日に向かう、太陽を仰(あお)ぐということだ。
 
 これがないと人間のあらゆる徳が発達せず、
 したがって才知芸能も発達しない。

【二つの徳性】

● 安岡 正篤


 人生で一番大切なのは徳性である。
 その徳性の中で最も人間に大事なものは二つある。
 その二つはいち早くお誕生過ぎにはっきりと表われる。

 その一つは明暗ということ。
 心を明るくするということで、
 心を明るく持つということがまずもって一番大事なのです。
 その次は清潔、不潔ということです。
 浄不浄ということです。

運とめぐり合い

● やなせたかし


運と巡りあうためには、

何でも引き受けることが大事なんです




(人生が運で決まるならば、

その運に巡りあうようにいろんなことを

やらなきゃいかん。

「これはちょっと自分には向かないんじゃないか」

なんて考えないで、

ただやることです。

やっていくなかで

巡りあう「人」がすごく大事なんです

宇宙の摂理

●徳岡邦夫(京都吉兆社長)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

   世の中に必要のないものは淘汰される。
   それはどんなに時代が変わっても
   変わらない普遍の真理、宇宙の摂理だと思います。

   たぶんそれは個人も同じで、
   組織に必要のない人は淘汰されるか、
   自分から離れていきます。

   だから、いつも社員の皆さんには
   「必要とされる人を目指すことが大切だ」と言っています。

強み

●ドラッカー(経営学者)

    あらゆるものが、強みによって報酬を手にする。
    弱みによってではない。
    最初に問うべきは、我々の強みは何かである

【読書百遍】

私は数えで六十四歳だが、
七歳のときに
四書──『大学』『中庸』『論語』『孟子』の
素読を始めてから、
もう五十七年も本を読んでいるわけだ。

そうすると思想的な書物、
精神的な書物は、手に取って見ると、
この本はいいとか、
この本はだめだということを直覚する。
読んでみてから、
いい本だなと思うようでは、
そもそも話にならない。勘が鈍い。



 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)

新という字を知らぬ者はない。

 
然(しか)し新という字の真の意味を解する人は案外少い。
 元来この字は「辛」と「木」と「斤」との組合せである。

 辛は努力を意味し、斤は木を斬(き)る「まさかり」、「大をの」であり、
 これで木をきること、それから「斤斤」といえば明らかに見わける、
 又いつくしむ(慈愛)の意がある。

 即(すなわ)ちよく木を愛し育て、それを努力して加工し、
 新──あらたなものにして活用するということを表すものである。

 こんな深い正しい意味を知らないで「あたらしがりや」など、
 目先の変った、ものめずらしいということに軽々しく解するのは、
 とんでもないことである。

 本当に新しくするのには大した用意と努力を要するわけで、
 新人などざらにあるものではない。

 年の始に勉強せねばならぬことは、
 先以(まずも)って自己をどう維新するかということである。

信じる通りになるのが人生



● 永守重信氏(日本電産社長)


信じる通りになるのが人生であるということですね。
僕はこの言葉を自分で色紙に書いて、
目のつくところに置いています。

自分でこうなりたいと思っていることもなれないのに、
思わないことが実現するわけは絶対にないですから。
だから信じる通りになるのが人生ということですな。

しかし世の中の人はみんな信じない。
頭のいい人ほど先が見えるから信じませんね。
できるわけがないと思ってしまう。
だからむしろ鈍才のほうが教育しやすいですね。


創業間もないころの日本電産は、
私の家の一室で図面を引き、桂川の堤のそばにあった
30坪ほどの染め物工場の1階を借りて、
旋盤とボール盤、プレス機を1台ずつ入れて
仕事を始めたんです。

どこへ行っても仕事はもらえず、
やっと受注できた仕事といえば
過酷な注文がつくために
ほかのメーカーのどこもやらないような仕事ばかり。
技術者みんなに言うと絶対無理だと言う。

そういうときはみんなを立たせて、
いまから出来る出来ると100回言おうというわけです。

「出来ます。出米ます。出来ます……」。
「どうや」と。

「いや出来ません」。

今度は1,000回言う。

そうすると不思議なことに
だんだん出来る気分になってくるんです。


そういう気分になったところで一気に始める。
すると、客先の要求する性能に及ばないまでも
かなりレベルの高い製品が仕上がる。

こうやって日本電産の技術力が蓄積されていったんです。

このときに「とても無理だ」「不可能だ」
とあきらめていたら、日本電産は
とっくに倒産していたと思います。


社員によく言うんです。

「物事を実現するか否かは、
まずそれをやろうとした人が“出来る”と
信じることから始まる。

自ら“出来る”と信じたときに
その仕事の半分は完了している」

【お蔭を知る】

 本当にわれわれの存在というものは、
 究明すればするほど種々のお蔭によって在る。

 天地のお蔭、国家や社会のお蔭、親や師友のお蔭。
 この計り知ることの出来ないお蔭を
 しみじみと感じとり認識する、
 これが所謂(いわゆる)恩を知るということであります。

 そこではじめて理性や感情を持った人間になるのであります。



安岡 正篤

【「孝」という字】

 人間は進歩しようと思えば、統一がなければならない。
 教育とは何ぞやと言えば、つまるところは
 先輩・後輩と長者・少者の連続・連結の役目を
 なすものでなければならない。

 要するに孝という字は、単に親を大事にして、
 親に尽くすという意味だけではなくて、
 親子・老少、先輩・後輩の連続・統一を表わす文字である。

 そういうことを知って孝経や論語を読むと、
 限り無い教訓がその中に含まれておることがよくわかる。




安岡 正篤

やる気のないものにつける薬なし

宰予(さいよ)昼寝(い)ぬ。子曰く、
「朽木(きゅうぼく)は雕(え)る可(べ)からざるなり。
糞土(ふんど)の牆(しょう)は(ぬ)る可からざるなり。
予(よ)に於(お)いてか何(なん)ぞ誅(せ)めん」と。


『論語』公冶長


[要旨]
弟子の宰予が怠けて昼寝をしたので、
孔子がきびしいことばでしかった。
やる気のない者には何を言ってもむだである。
性根の腐った者は手の施しようがないなどの意味。

お客様によい印象を与える八つのポイント

●木村清(行列のできる寿司店「すしざんまい」創業者)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    一、挨拶の回数
    二、笑顔の回数
    三、返事をする回数
    四、キビキビ行動する回数
    五、相手の目を見てうなずく回数 
    六、声の大きさ、明るさ
    七、相手を誉める回数
    八、料理の評価を伺う回数
(いかがでしょうか、いかがだったでしょうか?)

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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