日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

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四を絶つ

意なるなかれ。

必なるなかれ。

固なるなかれ。

我なるなかれ


よけいな気をまわさない。

決めてかからない。

固執しない。

自分をひけらかし我を通さない。



ー孔子が自分を戒めた4点を自分もチェックしてみよう。
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人生

人として生まれる・・・運命

人として生きる ・・・使命

人を生かす   ・・・仕事

人を生む    ・・・育成・継続・繁栄

困難の中にひそむ幸運の芽

以前、家庭菜園に凝っていた時期がありました。
その当時、トマトやキュウリを丈夫に育てる秘訣を知りました。
 
苗を植えた直後に水をやったら、
その後は数日間、水をやらないのです。
水をやらないので、当然しおれてきます。
トマトやキュウリにしてみれば大ピンチの状態です。
そして、これ以上水をやらなかったらまずそうだと思えるくらいの、
ギリギリの状態になったら水をやるのです。
そのあとは、ふつうに水をやって育てます。

 
このように,植えつけしたあとにしばらく水をやらなかったら
トマトやキュウリは、背も高く、茎も太くたくましくなります。
植えつけ後に毎日水をやったものと比べると、
明らかに違う成長ぶりです。

 
水がないというピンチの状態を経験したトマトやキュウリは、
水を求めて根を深いところまで張りめぐらすのです。
そして、土に深く根づくので、
水分や栄養分を吸収する力が強くなり、
背の高い茎の太いものになるわけです。

 
これは、私たち人間もいっしょですね。
私たちは、困難や逆境や悩みを経験するからこそ、
根を深く張って強く大きくなれるのです。
 



野口 嘉則

自分

自分というものは良い言葉である。

ある物が独自に存在すると同時に、
また全体の部分として存在する、
自分の自の方は独自に存在する、
自分の分の方は全体の部分である。

この円満無碍(むげ)なる一致を表現して「自分」という。

われわれは自分を知り、自分を尽くせば良いのである。

しかるにそれを知らずして自分、自分といいながら、
実は自己自私を恣(ほし)いままにしている。
そこにあらゆる矛盾(むじゅん)や罪悪が生ずる。

そういえば、何でもないようで、
実は自分を知り、自分をつくすことほど、
むずかしいことはない。

自分がどういう素質、能力を天賦(てんぷ)されているか、
それを称して「命」という。
 
これを知るのを「知命」という。

知ってこれを完全に発揮してゆくのを「立命」という



         『安岡正篤 一日一言』

当下一念

自分のいまいる場で

最後まで全力を尽くすことが
 
新しい道が開けてくる

一番の大本になる



伊與田 覺

『最後だとわかっていたなら・・・』


原作は Norma Cornett Marek さん
(訳:佐川 睦 さん)


あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから


4つの『じんざい』

人財

宝です
「人材」+会社や部署の方向性をしっかりと理解して
今、自分が何をしなければならないかをしっかりと把握している人
そしてそれを日々実践できる人
プラス発想で周囲を明るくすることができる人
周囲(自分の上司や部下)のやる気を引き出すことができる人
人を育てることができる人
どんな問題も解決することができる人
自分が結果を出すのはもちろん、自分以外の人の結果を出させることができる人
自分の給与の何倍も利益を生むことができる人

貢献度100%以上の人でしょう


人材

気がつく人、気がきく人
与えられた仕事をしっかりとこなせる人
周囲に迷惑をかけたりすることもなく
社内でも、お客様からも信頼を得ることができる人
リピーターや紹介をいただくことが多い人
「ダスキンさん」ではなく「名前」でお客様から呼ばれる人
目標達成に向けて、自分自身で創意工夫をして努力することができる人
そして目標を達成することができる人
自分の仕事以外にもすすんで手を貸す人
自分の給与以上の利益を生むことができる人

貢献度80~100%の人でしょう


人在

人が在る
つまりいるだけの人
存在するだけの人
やる気のない人
創意工夫のない人

目標に対してシビアではない人与えられた仕事をそのままやるだけの人
マンネリ化してしまう人
自分の仕事以外に興味もなく、人の手伝いをするのは損だと考える人
できる限り頭は使わず楽をしたいと考える人

貢献度10~40%ほどの人でしょう


人罪

いると罪になる人です
つまりは周囲に悪影響を与える人のことです
お客様との約束を忘れる人
ご迷惑をおかけする人
まわりに迷惑をかけても平気な人
ルールを守れない人
やることをせずに不平不満を漏らす人
人の足をひっぱる人
やる気のなさを伝染させる人
もらえる給料以上に働いたらバカらしいと考える人



貢献度0~マイナスの人でしょう。

4つの『きょうそう』

1【競争】

いまや世の中の多くのことが「競争」原理で動いています。
学校もビジネスも社会も。
なぜなら、競争というシステムには、互いの成長・前進を刺激し、
怠惰や馴れ合いを防ぐというはたらきがあるからです。

けれども、競争には悪い面もあります。
競争はたいてい、数値化した評価で優劣や勝ち負けを判定するので、
高い数値の獲得のみがいつしか目的化されるおそれがあります。

特にビジネスは、利益(お金)という数値の奪い合い競争ですから、
人間の金銭欲が前面に出て、
ビジネス本来の意義や目的が見失われることが容易に起こりえます。
私たちは競争を容認しつつも、目的のはずれた競争には
翻弄されないように注意しないといけません。

2【狂走】

競争が過激になると「狂走」になります。
バブル経済が膨らむ過程などはその典型です。
「みんなが投機で儲けてるんだから、自分もやらなきゃ損!」
という心理が万人に広まり、
株や不動産は実体価値を離れて値が高騰しはじめます。
「上がるから買う、買うから上がる」
という狂走回路ができあがるわけです。

・・・狂走の行く末はいつも破たんです。
狂走を無意味なチキンレースだと見破り、
狂走には参加しない意思と賢明さを持つべきです。

3【競創】

競い合うことは悪ではありません。
競うなら互いの創造性を競おうという意識を持つことです。
つまり「競創」です。

競創においては、
数値による優劣の評価や勝ち負けなどは関係ありません。
ゴッホとゴーギャン、ピカソとマチスは同時代の芸術家として、
おおいに競創したわけですが、
彼らは、互いの独自性や芸術性を刺激し合い、
リスペクトし合っただけで、
蹴落とし合ったり、何か評判・得点で
勝ち負けをつけようとしたわけではありません。

4【共創】

ゴッホとゴーギャンは競創関係にありながら、
同時に、「共創」もしていました。
二人は共に後期印象派の流れを創造したのです。
共創とは、タレントを持った個人同士が一緒になり、
個人の枠を超えた何かを創造することをいいます。

私たちは、個人においても組織においても、
「競争」を是としながら、
それを「狂走」回路に変質させていかない、
できるだけ「競創」や「共創」回路に開いていくことが
大事な観点ですね。

 『いのちの根』

 なみだをこらえて

 かなしみにたえるとき

 ぐちをいわずに

 くるしみにたえるとき

 いいわけをしないで

 だまって批判にたえるとき

 いかりをおさえて
 
 じっと屈辱にたえるとき

 あなたの眼のいろが

 ふかくなり

 いのちの根が

 ふかくなる

(『にんげんだもの』相田みつを著(文化出版局)より引用)

読書の心構え

① 目的意識をもって読む

「自分自身の成長のために読む」
「自分の人間性を高めるために読む」
という目的意識をもって読み始めることです。
そう意識することで、
自分自身の成長につながる情報を
キャッチするアンテナが立ちます。
このアンテナが立つかどうかで、
成果に雲泥の差が出るのです。

② 問いを持って読む

「悔いのない人生を生きるにはどうすればいいか? 」
「人間性を高めるとはどういうことか? 」
「自分に使命( 役割)があるとしたら何か? 」など
の問いを持って読むことも大切です。明確な問いがあると、
人間はその問いの答えを探そうとして、
自分なりに考えます。
ただし、その問いは自分で考えてください。
学校教育になじんだ私たちは、
「問いは与えられるもの」と考えがちですが、
自分の内から湧いてくる問いをもってこそ、
本物の学びになるのです。
また、その問いは本を読むときに限らず、
つね日頃から意識しておくことが大切です。
問いをもって生活するのです。
生活を通じて自問自答をくり返しておくと、
その問いに対する自分なりの考えが深まります。
そうして考えを深めておくと、本を読んで著者の言葉に触れたときに、
自分の考えと著者の考えが融合して、
深い気づきに至ることがあるのです。

③ 著者と対話するという気構えで読む

本を読むときに、たんに情報を入手するという意識ではなく、
著者という一人の人間と対話するという意識で読みます。
著者が自分と一対一で向き合ってくれていて、
自分に話しかけてくれていると思いながら読むのです。



野口 嘉則

試練

この試練を越えよう

これを越えたところに

また一つの新しい自己が

見出されよう





坂村真民(仏教詩人)

またね

見送るときは・・・いつまでも

立ち去るときは・・・未練なく

宮本武蔵の個人主義

自分のことはすべて自分で解決する

決して人に頼らない

愚痴を言わない

自分の不幸を他人のせいにしない



徹底した自己責任を貫き通すこと

事業を始めるときの指針

事業を始めるときは

何をやったら儲かるかで発想するなよ

世の中が何を求めているか

世の中にどのように役に立つのか

という発想で考えろ



大和ハウス工業会長兼CEO 樋口 武男

目標と目的、知識と教養は違う

ある野球の監督が語っておられたことですが、

高校でみんな甲子園を目指して練習しているのだけれど、

甲子園に行くのが目的ではない。

それはあくまでも目標だと言われるそうです。

甲子園を目指すために厳しい練習をする。

その厳しい練習に耐え抜いて、

忍耐力のある素晴らしい人間を育てるということが

目的だと言われるのだそうですが、

私もまったくその通りだと思います。というのも、

現在子供たちの中には受験勉強をして、

いい学校に入るのが目的だと思っている人がたくさんいます。

しかしそれは全くの思い違いであって、

勉強していい学校に入るということはあくまでも目標であって、

目的はそれだけの知識、教養を身につけて、

社会に出た時、世の中の幸せのため、

また人々のために役立つというとが目的なのです。

その目標と目的というものを混同しているところに、

現在行われている教育の大きな間違いがあるのではないかと思うのです。




葉室 頼昭  『御力』  世界文化社より

失敗を怖れて何もしなければ、何も為すことができない。

『失敗とは、一つの教訓にほかならないし、
   好転する第一歩だ』 


ウェンデル・フィリップス

  
『失敗は成功よりも美しく、
   又更に成功よりも教訓と力に富めり』
 

石川啄木

  『失敗は人生の免疫である。
   味わい尽くし分析せよ』 


中島義道

  『チャレンジして失敗することを恐れるよりも、
   何もしないことを恐れろ』
 

本田宗一郎


『失敗は問題だ。しかし、
   成功しようとしないのは、もっと問題である』
 

ルーズベルト


「成功する人の12カ条、失敗する人の12カ条」

「成功する人の12カ条、失敗する人の12カ条」
……………………………………………………………………………


●成功する人の12カ条
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

1 人間的成長を求め続ける

2 自信と誇りを持つ

3 常に明確な目標を指向

4 他人の幸福に役立ちたい

5 良い自己訓練を習慣化

6 失敗も成功につなげる

7 今ここに100%全力投球

8 自己投資を続ける

9 何事も信じ行動する

10 時間を有効に活用

11 できる方法を考える

12 可能性に挑戦しつづける

…………………………………………………………………………

●失敗する人の12カ条
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

1 現状に甘え逃げる

2 愚痴っぽく言い訳ばかり

3 目標が漠然としている

4 自分が傷つくことは回避

5 気まぐれで場当たり的

6 失敗を恐れて何もしない

7 どんどん先延ばしにする

8 途中で投げ出す

9 不信感で行動できず

10 時間を主体的に創らない

11 できない理由が先に出る

12 不可能だ無理だと考える




樋口武男(大和ハウス工業会長・CEO)

食べるとは神聖な行為だ

食べ物について言えば

怒ったり、焦ったりすると

心は体に悪い食べ物を

欲しがるようになります

怒りの中での食事は

エサを食べてるようなものです

楽しく和気あいあいで食べてこそ

食事と言えるのです

食べるということは

とても「神聖行為」なのです

どんなものを

どんな食べ方で

どんな心で


食べるか


それは人生の後半の運に大きく作用してきます




北川 八郎「繁栄の法則」致知出版社より

但惜身命と不惜身命


お互いがこうして生きている。
考えてみれば、
これくらい不思議なことはない。

この悠久なる時間と、
この茫漠(ほうばく)たる空間の中にあって、
たまたま時と所を一にしてこうしているという、

こんな不思議なことはないということがわかれば、
この現実、この刹那、この寸陰(わずかの時間)、
この場、この身というものが、
何よりも大事なのである。

無限に愛惜(あいせき)すべきものになる。
これを「但惜身命(たんじゃくしんみょう)」という。

それを把握するためには、
取りとめのない日常の身命などは、
値打ちがない。

これは不惜身命(ふしゃくしんみょう)
(身命を惜{お}しまぬ)である。
 
真に道を得るためには、
それこそ不惜身命でなければならない。

何が故に身命を惜しまぬかといえば、
但惜身命──本当の身命というものを
限りなく愛するからである。

真の自己・真の存在というものを
限りなく愛着するが故に、
この取りとめない、はかない、
迷える身命など、問題ではない。

命がけで命を惜しむ。
但惜身命なるが故に、不惜身命。
不惜身命にして、但惜身命になる。



安岡 正篤

権威と権力


一般に、権力は、人にいうことをきかせるときに使われますが、
権威は、いうことをきく側の方が
感じる心理だという点が異なっています。
では、人はどういうときに、権威を感じるのか?
これは、対等ではない関係において、
依存者の心理を持っているものが権威を感じやすい、
といわれます。
面白いのは、権威的な人間関係が強調されるときには、
必ずといってよいほど、親子関係が持ち出されることが
多いそうです。
例ば、天皇と国民の関係、神と人間との関係、
などです。
当初は親に権威を感じ、子供はいうことをききますが、
やがて一人前になって対等になると、
権威を感じなくなります。
そうなると、子供は親のいうことをきかなくなります。
権威の通用しない対等な人間にいうことをきかせるには、

権力に頼る人間関係が生じる、と説明されています。
さらに、なぜ子供は権威に従うのか、ということを考えると、
そこには自分が知らないことに対する不安がある、
ことが分かります。
つまり、自分の内部にある漠然とした対象のない不安が、
権威に頼る心理を作る、ということです。
逆に、権力に服するのは、
外側からの力に対する具体的な恐怖感がある点が異なります。


著者のなだいなださんは、慶応大学卒の有名な作家・精神科医です。

伝統と習慣は違う

伝統は変えてはいけないし

あくまでも守らなければならない

しかし、習慣はその時代に合うようにできているから

時代が変われば変えなければならない

幸運の女神には前髪しかついていない

人に何かを勧められた時、
   「いやぁ、私には無理です」とは
   いままで一言も言わなかった。
   
   そこで変に遠慮をしたり、断ったりしたらもうお終い。
   だから「はい、やります」と。
   
   勉強はそれから死に物狂いでやるんです。



           中嶌武夫
           (ナカリングループ代表、メルセデスベンツ中央 会長)


幸運の女神には前髪しかついていない、といわれます。

よく知られた言葉ですが、しかし、
いざそのチャンスが巡ってきた時、
「私にはまだ……」と変に遠慮をしたり、
言い訳をしたりして、そのチャンスを逃していることが
多いのではないでしょうか。

誰にも巡ってくるチャンスを、その手につかめるかどうか。
幸運の女神は、中嶌氏のように勇気のある人、
常に前を向いて挑戦を続ける人に
微笑んでくれるのかもしれません。

事実と真実

事実とは現象であると考え

真実とは本質である

『真実』とは・・・
 人の内側にある思想によって「正しい」と判断された物事。

『事実』とは・・・
 「そこにある事柄」であって「誤り」「正しい」とは関係がない。

『真実』とは人の数だけ存在し、「絶対」という事はありません。

しかし、『事実』とは唯一無二の存在です。

負けた数だけ顔がよくなる

野村克也元監督は、

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」


と言われていますが、本当にそのとおりですね。


勝つ時は、場合によっては相手がコケてくれたのかもしれないし、

ツキの要素が加わったのかもしれない。

でも負けたことについては、それなりの原因がある。

それを突き詰めて考えることが

次につながるんだという言い方をされています。



だから私もこどもたちには

「負けた数だけ顔がよくなると思いなさい」

と話しています。

その負けや失敗の原因をちゃんと突き詰めて、

次にこうしようという気持ちを持って初めていい顔になるんだよと。

ここ一番でチャレンジをしない人は、

大きな失敗もしないかわりに、絶対に伸びません。



だから一年間何も失敗していない人は

チャレンジが足りなかったと反省しなさい。

「縁は求めざるには生ぜず。
 内に求める心なくんば、たとえその人の面前にありとも、
 ついに縁を生ずるに到らずと知るべし」



森 信三


とありますが、
本を通じての出合いや、人との出会いは、
求める気持ちがなければ生じません。

ムスビの力

■「ムスビ」のちから

湯川秀樹博士が「中間子」というものを発見して

ノーベル賞を受賞しましたが、

中間子とはモノとモノとを結びつける波動のことです。


また、この中間子によって「クウォーク」という波動は結ばれて

素粒子という波動になります。


そしてこの素粒子はさらにいろいろな素粒子と

結びついてさまざまな素粒子となり、

陽子と中性子という素粒子が結びつくと核という

ものができます。


次にこの核と電子が結びつくと

原子ができ、原子同士が結びつくと分子ができて

いろいろな物質が成り立っているわけです。


このように世の中すべてのものはこのモノとモノとを

結びつける力(ムスビの力)によって成り立っています。


そして、ムスビの力には中間子のように、波動から物質へと、

「目に見えないものを目に見えるものにする力があるわけです。


このムスビの力ですが、驚くべきことに、日本史の教科書にも

出てきた「古事記」のなかにその存在が記されています。


古事記の最初の部分には以下のように書かれています。

天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天原(たかまがはら)に

成りませる神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、

次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、

次に神産巣日神(かみむすびのかみ)。

此の三柱の神は、並独神(みなひとりかみ)成り坐(ま)して、

身を隠したまひき。


このように世の中のはじめには、ムスビの神さまがいました

と記されています。


科学などのなかったころになぜ中間子(ムスビの力)の存在が

記されていたのか不思議ですね。


この「古事記」ですが、

これは千三百年ほど前に太安万侶(おおのやすまろ)という人が

稗田阿礼(ひえだのあれ)という人の言葉を聞いて

それに漢字をあてはめて書いたものです。

それまでは古事記は代々、人から人へと口伝えに伝えれられて

きましたが、もともとは神さまが音声で詠じだされたものだと

いわれています。


また、戦後の理屈重視の教育の影響なのでしょうか、

「目に見えないものは信じない、

科学で証明できないものは信じない」

という人がたくさんいますが、

世の中には「中間子(ムスビの力)」のような

「目に見えないもの」のほうが「目に見えるもの」よりも

たくさんあるのかもしれません。




葉室頼昭 宮司

感謝と取引

神様にお願いして

お恵みが頂けたら感謝する

これは感謝ではなく

取引ですね

これだけお賽銭あげるから

そのかわり神様子どもを

入学させて下さい

という取引ですね


感謝には理屈はいらない

神様ありがとうございます

といって、

神様と波長を合わせてたら

子どもが入学するということなんです

入学したから感謝するのではないんです

感謝したら入学するということです



葉室 頼昭『神道のこころ』

三感王

①「感心」~何事にも関心を持つ。
②「感動」~感動する心を持つ。
③「感謝」~感謝の気持ちを持つ。

タンポポ魂

踏みにじられても
       食いちぎられても
       死にもしない
       枯れもしない
       その根強さ
       そしてつねに
       太陽に向かって咲く
       その明るさ
       わたしはそれを
       わたしの魂とする




坂村真民--詩集 「念ずれば花開く」 より

おひとり様一回限り

越智直正氏、

「おひとり様一回限りの人生を

人間として道を誤ら

せないように粛々と歩むには、

人類の聖人、先哲の教えについて

学ぶのがいちばんだ」
とおっしゃている。



一日の学問 千載の宝
百年の富貴 一朝の塵
一書の恩徳 萬玉に勝る
一言の教訓 重きこと千金


わずか一日の浅い学問であっても、
自分の身につけば、永遠の実りとなって残る。

しかし、百年の年月をかけて蓄積された大きな財産は、
学問と違ってわずかの間に灰燼に帰してしまう。
意義ある一冊の本から受ける恩徳は、
多くの宝石よりも大きく、
師のひと言の教訓の貴重さは千金の重さに匹敵する

(越智直正『男児志を立つ』)

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プロフィール

矢野 一成

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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