日本一アツイ教育を実践する男が語るBLOG

直江兼続の生涯

知勇兼備の武将として名高い直江兼続は、
永禄三年(1560)に坂戸城主・長尾政景の
家臣・樋口兼豊の長子として生まれました。

幼名は与六、非凡な才能を仙桃院に見出され、
六歳から景勝の小姓として仕えることになります。
景勝(喜平次)と兼続(与六)は互いに切磋琢磨し、
雪深い南魚沼の地で十六歳まで過ごします。

天正九年(1581)、与板城主・直江家を相続し直江兼続となり、
豊臣政権下で上杉家執政として手腕を揮いました。
慶長三年(1598)の景勝の会津移封に伴い、
秀吉から家臣としては異例の米沢三十万石を
与えられるなど高い評価を受けます。

関が原の合戦では西軍についたため、
上杉家は米沢三十万石へと減封となりましたが、
兼続の働きにより上杉家の存続は許されました。
この際米沢には家臣団6千騎と約3万人が移りましたが、
兼続は城下町づくりを初め民政にも尽力し、
この難局を乗り切っています。
元和五年(1619)十二月十九日、
江戸鱗屋敷でその生涯を終えました。

プロフィール

Author:矢野 一成
愛媛県新居浜市 アール塾塾長

備忘録、すなわち
忘れたときのために備えて、
書きとめておく、
個人的な雑記帳です。

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