天国と地獄。
実は違いは何もないのです。
同じような広い部屋があって、同じような庭がある。
普段見慣れない物と言えば、
その部屋の真ん中に大きな釜があって、
その中でうどんがグラグラ煮立っている。
もちろん、その釜は熱いので、むやみに近付けない。
では、どうやってその釜のうどんを食べるのか。
ふと見ると、長さ1メートルくらいの箸がある。
食事の時になると、その箸と付け汁が支給されるらしい。
終わると無くなる様だ。
ここまでの条件は同じ。
でも地獄にいる人は、誰もうどんを食べられない。
いつも飢えて、喧嘩ばかりしている。
一方、天国にいる人は、
みんなお腹いっぱいうどんを食べて、
楽しそうに笑っている。
なぜ、与えられた環境が同じなのに、
こんなにも違うのでしょうか。
地獄の人は、うどんを食べる時に、
制限時間を気にするので、
身近なところのうどんを食べようとします。
しかしそれは、隣に居る人も狙っていたうどんですから、
「俺のだ!」
「私のだ!」
と喧嘩になります。
運よく自分の物にできたとしても、
今度は長い箸を上手く操って、
付け汁に付けることができません。
運よくうどんが掴めても、
今度は自分の口に運べません。
箸を短く持とうとすると、
隣の人、後ろの人に当たってしまいます。
そうこうしているうちに、
喧嘩をしている相手から邪魔をされたりします。
「あっ!」
と思った時は、また釜の中にうどんを落としてしまうのです。
こんなことをしている間に、食事の時間が終わるのか、
箸と付け汁は無くなってしまいます。
後に残るのは、恨めしそうに釜の中のうどんを見る目と
お互いにいがみ合う心。足の引っ張り合い。
そして、いつまでも満たされない空腹感。
それがずっと繰り返されるところ。
まさに地獄です。
では、天国はどうか。
なぜ、同じ条件なのに、
みんなが笑顔で楽しそうにしていられるのか。
非常に簡単なことなのです。
釜の中からすくったうどんを、
箸の長さを活かして向かいの人に
食べさせています。
「食べさせてくれて、ありがとう。
じゃあ、今度はお返しに。」
と、今度は反対に食べさせてもらえる。
そうやって、みんながお腹いっぱい食べることができます。
天国も地獄も環境は何も違わない。
違っているのは、そこにいる人の心だけ。
心の持ちようで、同じ環境でも、
地獄にもなるし、天国にもなります。
これは別に「あの世」の話だけではありません。
「この世」も全く同じですよね。